《MUMEI》

ふと我にかえって、紅茶に口をつける。危うく、冷めてしまうところだった。
最高の方法で淹れたのだから、最高の状態で飲まなければ。そうでしょう?
喉を潤す、あたたかさ。

おや。

ことり、と首を傾げる。
何か、手順を間違えただろうか?
なんだか。なんだか、いつもと違う。
あなたの方法で、淹れたのに。あなたと同じなのに。何が違う?
味が?
色が?
香りが?

そうだ。香りが違う。
いつものように、落ち着かない。優しくない。
甘さが、足りない。
甘い。甘い。甘い。甘い。

薔薇の、香りが・・・




そうして、目を見開く。
そうか。
あなたの淹れた紅茶は、薔薇の香りがしたのだ。
あなたの、薔薇の香りが。
優しかったのは、あなたの香り。

好きだったのは、あなたの香り。

足りないのは、
あなた。


あたり前。
だってここに、
あなたの湯飲みは無くて、あなたの薔薇は無くて、
あなたはいなくて、
私は、

1人きり。



ぽたり。涙が、紅茶に落ちる。
約束は守られないまま、私たちは離れてしまいました。どうしてですか?
いくら問いかけても、思い出の中のあなたは、もう応えてくれない。
夢ではもう何度も見た、あなたの庭に行くことも、永遠にない。

ねぇ、どうしてですか?





もう一口啜った紅茶は、あんまりしょっぱくて。
薄いあなたの面影さえ、消えてしまっていて。

「失敗・・・してしまいました。」

つぶやいた言葉は、まだ小さくふるえていた。

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