《MUMEI》
呼び出し
道三は天井を見つめたまま、呟いた。

「傍付きは侍女ひとりで充分だ。濃は、ただの娘ではない…己自身で時を渡り、身の危険を切り抜けることが出来よう」

その呟きはとても小さく、道利にはよく聞き取れなかった。

道三は黙って控えていた道利を見、
大声で言った。

「すぐに尾張の平手宛てに文を送れ!条件を呑むと伝えよ!」

主の命に道利は、「御意」とかしこまって、その場に立ち上がった。
しかし、すぐさま広間から出て行こうとする道利を、道三が呼び止める。

道利が振り返ったのと同時に、
道三が低い声で命じた。

「濃と各務野をここへ…」



******



突然の、父からの呼び出しにも、戸惑う各務野とは異なり、濃は毅然としていた。

偉大な父を前にして、濃は身じろぎもせず、じっとしているのだった。

道三はやって来た娘を、丹念に眺める。

艶やかで豊かな黒髪。白雪を思わせるような曇りのない肌。細い首元。繊細さを感じさせる細く長い睫毛。

そして、あの漆黒の双眸−−−。

遥か昔に、あの『鬼』の山里から拾ってきた時は、このように美しい娘に成長するなど、考えもしなかった。

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