《MUMEI》
急な縁組
ひとしきり笑った後、道三はゆっくり顔を俯かせ、小さな声で呟いた。

「…本当に口惜しいことよ。まさか、お前を手放すことになろうとは」

その言葉が、よく聞き取れず、濃は眉をひそめた。

「なんでしょう?」と問い返した娘に、道三は真剣な眼差しを向けた。その瞳の強さに、濃は口をつぐむ。


−−−それはまるで、

二人が初めて、あの山里で出会った時のように。


しばらくそうやって見つめ合った後で、

道三は、はっきりした声で、言った。


「近々、お前を隣国の尾張に遣わす。美濃との和睦の象徴として、尾張当主・織田信秀の三男、上総介信長のもとへ嫁がせることにした」


想像もしていなかった言葉に、濃は驚き、言葉が出て来なかった。

…尾張へ?

黙り込む濃の傍らで、同じく主の発言に驚いていた各務野は、動揺を隠せずにいた。

彼女は「お屋形様…」と、譫言のように道三に呼びかけ、呟いた。

「随分と急なお話ではございませぬか?」

濃の縁談の話など、今の今まで持ち上がったことが無かった。

もちろん『美濃一の才色兼備』と名高いこの姫を、是非、己の迎えたいと名乗りを上げる男は数え切れぬ程いたが、道三の意向により、全て門前払いにしていた。

その、道三が、
あろうことか、尾張という小国の大名のもとへ、輿入れさせるとは…。

各務野には、どうしても納得出来なかった。

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