《MUMEI》 道三は各務野に目を遣り、「当たり前だ」と答えた。 「つい今しがた、決めた事。急に決まっている」 なんでもないように言いのけた主に、各務野はア然とする。 道三は濃に向き直り、その魅惑的な黒い瞳を見つめた。 目元に鋭さを滲ませながら、道三は「濃よ…」と呼びかける。 「新九郎が、お前に、バカげた事を抜かしたそうだな…?」 濃は、瞬いた。 『新九郎のバカげた話』とは、おそらく、あの突然の、『申し入れ』のこと。 …必ず、娶る。 兄の声を思い出して、黙り込んだまま、父の顔を見つめる。 やがて、道三は低い声で言った。 「その際、お前は俺の許しが無ければ返事が出来ぬと、申したそうではないか?」 その問い掛けに、 濃はゆっくり頷いた。 道三は満足そうに、ニヤリと笑う。 「だが新九郎め、諦める気はさらさらないようだ…力づくでも奪うと、この俺に言いくさったわ。全く、くだらぬ!この国の嫡子として育ててやったにも関わらず、色恋に溺れ、己の父に歯向かうとは…」 喉を鳴らして笑う父を、濃はまっすぐ見つめていた。 各務野には、一体何の話をしているのか理解出来なかった。主と姫の顔を、交互に眺め見る。 道三は見目麗しい娘の姿を見遣り、「よいか…」と呟きながら、ため息をついた。 「この縁談に、異存があっても聞かぬ。今のうちに尾張の織田と結び、土岐氏の生き残りや、鷺山城に置いてある新九郎を抑えておかぬと、この俺の首が危うくなるのだ…」 濃は咄嗟に答えることが出来なかった。 兄の新九郎と父の道三が、自分を巡り、争いを始めた。 新九郎は父から自分を奪うと言い、道三は息子の謀反を抑える為に尾張へ自分を嫁がせると言う。 前へ |次へ |
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