《MUMEI》

新九郎は勢いを変えず、言った。

「俺のそなたへの想いは、どこへ遣ればいいのだッ!俺はずっとそなただけを見てきた!!濃よ、頼む…俺のもとへ来てくれ!父上や全てを捨てて、俺と共に…」

「なりません」

そこまでまくし立てた新九郎を、今度は濃が遮った。新九郎は目を見張る。
なぜなら、その漆黒の双眸は、今まで見たどれよりも凍てついていたから。

濃は毅然とした態度で、言葉を続ける。

「わたしは美濃国の姫…この国の為、尾張に赴くことを父上より命じられました。父上はわたしの恩人…その父上を見限り、どうして兄上のもとへ向かうことが出来ましょう?」

いつになく、強い言い方だった。新九郎は戸惑い、黙り込む。しかし、濃は言葉を止めなかった。

「愚かなのは、父上でも、尾張の信長殿でもない…他ならぬ、兄上です」

凜とした声で、はっきりと告げられた言葉は、新九郎のなにかに触れてしまったようだった。

新九郎はその場に崩れ落ち、うずくまると唸るように泣き始めた。
濃は兄の大きな背中を優しく摩る。

「…どうか、兄上も他の女子を迎え、この国の為に戦う強い武将になりますよう、わたしも遠き尾張の地より、祈ります故…」

まるで駄々をこねる、小さな子供に言い聞かせる母のように、濃は柔らかく言った。
新九郎はそれを聞いてより一層、泣き出した。

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