《MUMEI》 . ぼんやりとするわたしをよそに、 あかねさんは懐かしむように、窓の外を眺めて、ふと呟いた。 「…最初に好きになったのは、わたしの方だったの」 ぽつんと響いた声に、わたしは瞬いた。なにも答えず、あかねさんを見つめていると、彼女は柔らかい表情を浮かべて、続けた。 「告白したのもわたし。付き合ってから、デートに誘うのもわたしから…一緒にいるうちに、なんとなくね…気づいたの」 彼女は景色を見つめたまま、ゆるりと瞬いた。その仕種が、とてもキレイに見えた。 わたしの方を見ることなく、彼女は小さく、でもはっきり、言った。 「中川くんには、好きなひとがいるんだなって」 −−−ドクン…。 大きく、心臓が鳴った。 尚の、好きなひと。 それは、だれなのだろう………。 黙り込むわたしに、あかねさんはゆっくり視線を向けた。少し、悲しそうな瞳をしていた。 彼女はフフッと軽やかな笑い声をあげる。 「わたしと付き合ったのも、きっと、そのひとを忘れようとしてなんだと思うと、やっぱり辛かった。先の見えない関係に、悩むことも多かったな…」 彼女の言葉を聞いて、胸が苦しくなった。 きっと、尚とあかねさんの間には、今日のこのときまで、いろんなことが、あったのだ、と。 わたしの、知らないところで。 あかねさんは、でもね…と続ける。 「『ふたり一緒にいる意味があるのかな…』って考え始めた頃、急に…ホントに急に、中川くんからプロポーズされたの」 わたしは瞬いた。あかねさんを見つめたまま、瞬いた。 なにも、考えられないように。なにも、感じないように。ほんのりと疼いた、この胸の痛みにすら、気づかないように。 一心に、あかねさんを見つめていた。 . 前へ |次へ |
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