《MUMEI》

 「……朝?」
窓から差し込んでくる朝の陽に、ジゼルは目覚めを促されていた
ゆるり身を起こし、カーテンを開いて外を見やれば
広がる、見慣れた庭の景色
鳥のさえずりが耳に届けば、昨日の事がまるで夢の様に思えてしまう
「……夢、じゃない。私は、壊したの」
だが自分自身がその事実から逃避する事を許さず
僅かばかり、後悔の念が彼女を苛んだ
「お嬢様。お目覚めですか?」
寝台の上で一人、膝を抱えていると
戸を叩きながらのクラウスの声が聞こえた
入れ、との声に戸は開き、同時に紅茶の香りが部屋中に広がる
普段通りの朝、穏やかなお茶の時間
手渡されたソレを一口、安堵に胸をなでおろしていた
ソレを見届けると、クラウスはポットをテーブルの上へ置き踵を返す
何所へ行くのかを問われ
「朝食の支度をしてきます。こちらにお持ちしますから」
そう言って部屋を辞そうとするクラウス
だがソレを、寝台から飛び降りたジゼルがその身体を抱き、引き止めていた
「お嬢様?」
「……今は、いらない。いらないから、此処に居て」
微かに身を震わせながらのその訴えに
クラウスは身を翻しジゼルを抱え上げると
わかりました、と椅子へと腰掛けさせてやった
「クラウスも座って」
だが抱きしめるクラウスの腕をジゼルは解く事をせず
自身を抱えたまま座る様クラウスへと言って向ける
主のその要望にクラウスは頷いて返し
「……大丈夫ですよ、お嬢様。大丈夫」
ジゼルを膝上に腰を降ろしながら
あやす様にその背を軽く叩いてやった
唯大丈夫の言葉をクラウスは繰り返し
ジゼルだけに向けられるその柔らかな声色に
漸くそれまで張りつめていたもの全てが切れていった様な気がした
自分の選択は正しかったのか、と
考える事ばかりで見出せなかった答えを
だが急いて求める必要などないのだ、と
クラウスへと全身を凭れさせ、ジゼルは眼を閉じる
「……いつか、下を見に行かないと。クラウス、その時は付いて来てくれる?」
現実に眼を背けたままではいけない、と
今はまだ出来ないにしろ、いずれ全てを受け入れようとの決意のジゼルへ
クラウスは彼女の手を掬いあげ
「……お嬢様の、仰せのままに」
このお嬢な魔王へ、永遠の服従を誓う口付けを送ったのだった……

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