《MUMEI》
『夫婦』というもの
.


「『夫婦』とは、こんなものなのでしょうか…」

急に呟かれた姫の台詞に、火桶をおこしていた各務野は、「え?」と声をあげて振り返った。

俯きがちな濃の顔には、どこか影をさしていた。

各務野は首を傾げて、尋ね返す。

「『夫婦』が、どうかしましたか?」

濃はゆっくり顔をあげ、各務野を見つめる。不思議そうに自分を見つめ返す付き老女の顔を眺めながら、
濃は淡く微笑み、「…なんでもありません」とだけ、答えた。

しばらく首を捻っていた各務野であったが、急になにかを思い出したように、「…そういえば」と、呟いた。

「信長殿について、少し気になったお話を耳にしまして…」

濃は眉をひそめ、「殿のお話?」と繰り返すと、各務野は深々と頷いた。

そして、神妙な顔つきになり、言葉を続ける。

「なんでも、信長殿は幼い頃から、畑を荒らして作物を盗んだり、国の悪童達とつるんで戦ごっこをしたりと、尾張の嫡子とは思えぬ破天荒な振る舞いを続けているとか…今となっては織田家の者達のみならず、国の民衆達までにも『うつけ』と呼ばれ、毛虫のように嫌われているそうで」

濃は黙って瞬いた。


−−−尾張の次男は、『うつけ』と呼ばれる愚かな輩…。


その話なら、昔、輿入れする前に、兄の新九郎から聞いていた。

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