《MUMEI》

各務野は、ヤレヤレとため息をつく。

「大切な、大切なわたしの姫様が、これから、かのような愚かな男と共に生きていくなど…わたしは先が思いやられて仕方ありません」

各務野は心配そうな瞳で、濃の顔を見る。
濃は、そんな彼女に淡く微笑んで見せた。

「心配には及びません…殿にはきちんとお考えがあって、そのような振る舞いをなさっているだけのこと…少なくとも、わたしにはそう見えます」

濃は本気でそう思っていた。

確かに、信長は織田家の他の男達とは違い、政事に参加せず、毎日気の赴くまま、暴れ回っている。その破天荒な彼の姿は、噂通りの『うつけ』に見えるのかもしれない。

けれど、

信長の行動には、なにか裏がある。

なにかしらの理由があって、騒ぎを起こしているように思えて仕方なかった。

子供っぽく、傍若無人な彼が、時折に見せる鋭い言動や仕種。
それは賢者がその才能を隠し、誰もが呆れる間抜けを演じているような気がした。

濃は美濃を発つ前に、父・道三から、信長に一国を治める器量がなければ、殺すように言われている。

けれど、未だにそれを実行出来ないのは、その考えがあったからだった。

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