《MUMEI》

濃の、信長を庇うような言葉に各務野は首を振った。

「いいえ…織田の腰元連中も言っております。織田の家督はあの『うつけ』殿ではなく、弟御である織田勘十郎信行殿が継ぐべき、と」

各務野を見つめ返し、濃はゆるりと瞬いた。

勘十郎信行。
信長の2つ下の弟で、ついこの前、元服を済ませた、織田の三男。

濃の輿入れの顔合わせの際、尾張の主である信秀から紹介された少年の顔を思い浮かべた。

面差しは信長によく似ているものの、その眼差しには、どこか柔和な雰囲気を湛えた、賢しげな少年。

考え込む濃に、各務野は堪えきれずため息をつく。

「信行殿は家督争いから退いたと聞いておりましたが、信長殿と姫様との縁組を聞き、なにか企てているかもしれません。姫様はあの道三殿の末娘…ただでさえ尾張には敵が多いというのに、その夫である信長殿も一族の中ではつまはじき者。四面楚歌とは、真にこのことです」

各務野のぼやきを聞き、
濃は瞬いた。

四面楚歌。

成る程、確かにそうかもしれない。

でも、濃には余裕があった。

信長が、あの吉法師と同一であれば、
彼女を危険な目に遭わせる筈がない。

そう確信していた。

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