《MUMEI》

「紅蓮、途中まで送っていったげる。」
弥生が車のキーを開けた。

「いい、今からバス乗れば間に合う」


「今は物騒だから。男も襲われるんだよ?」
強引に紅蓮を助手席に押し込んだ。


「怪しい噂とか聞いたら教えればいい?」


「……うん。
一応、言っとくけど利用している訳じゃないから。協力は求めているけど、その倍紅蓮を求めている。」


「着いたね。」
座席を出ていく直前で紅蓮は弥生と唇を重ねた。


    「会った」
紅蓮は微笑した。


「ターに。」
微笑したまま扉を閉めた。

「……紅蓮!」
弥生は窓硝子から顔を出して叫んだ。呼んでも聞こえないようなそぶりである。颯爽と歩いている後ろ姿は小さくなっていく。


諦めてアクセルを踏んだ。

学生が次々車体の横を通り過ぎる。
若者達を横目に直進する。歩道が狭くて不便な地域で進みにくい。

自転車の学生は歩道に上がったりしている。
白い大きな自動車と通り過ぎた。


バックミラーに運転席の硝子が映る。
鼻筋の通った横顔が弥生の方向に傾いた。

弥生は電気ショックでも受けたように痙攣した。
あの顔は何度も調べた、頁をめくった、見間違えるはずがない。



「……大塚幸太郎……?」
操られたかのように名前を口ずさむ。

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