《MUMEI》
欲望という名のスイッチ
.


彼は、わたしの隣に座ると、いきなり話し始めた。


「…最初、ここであなたを見かけたとき、なんか深刻そうな顔をしてたから、トラブルかな?と思って…でも、笑ってたから、安心したんだけど」


彼は、なにかを思い出したように、クスリと笑う。


「なのに、バイト終わって帰るとき、同じベンチにまだ居るし。心配になって、声をかけたんだ…」


わたしは答えなかった。頷きもしなかった。
彼の顔は見ず、目の前にあるイルミネーションを、ただ、見つめていた。

彼も同じようにしていたけれど、

急に、わたしの顔を覗き込んだ。

そして、囁く。


「…聞いてる?」


その台詞に、

わたしは振り向いた。

瞬間、イルミネーションの青白い輝きに照らされた彼の顔が、強張る。


やっぱり、と思った。

彼の面差しは、
8年まえの尚に、よく似ている…。


真面目な顔をしている彼に向け、

わたしは言った。


「なんで、声、かけたの?」


唐突な質問に、彼は呆気に取られたようだ。視線を左右に流して、えっと…とどもりながら、答える。


「だから、帰るときも、まだあなたがここにいて、心配で」


言いかけたのを、わたしは遮る。


「なんで、声、かけたの?」


同じ質問を繰り返した。彼は眉をひそめて黙り込む。


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