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《MUMEI》 父親というものを知らなかった。 気付いたら一人で、どんなに努力しても評価されても母親も褒めてくれない。 千寿が与えたものは自分には苦痛でしかなくて、奪われてゆくばかりだった。 だから伊武監督が脚本を俺に預けてくれたとき、本当に嬉しかった。 ｢餓鬼が、夜遊びか。｣ 目が覚めると、伊武さんの家だった。 ｢伊武監督……｣ ｢俳優じゃない奴に言われたくないな。｣ 怒っている……。 ｢タレント業も大事な仕事だってマネージャーが言ってました。 俺はまだ知名度が低いから、テレビに出まくって覚えてもらえって。｣ ｢言い訳だな、お前、自分を信じられなくなってるんだろう？自暴自棄で遊び歩いてる。｣ 伊武監督は、人間観察の鬼だ。 ｢伊武監督に言われたくない、そんな偉い口叩ける身分じゃないくせに！｣ 俺が自暴自棄なのは真実で、自分で思い出しても一番最悪な時期だった。 ｢身分なんて関係無い！ 俺の作ったものはいつだって最高だ！監督が俳優に最大限の力を発揮する環境を確保することもな！｣ 伊武監督が作ったものが最高なのはわかってた、彼が最高の人間だからだ。 ｢か、監督……だって、俺……虚しいんです、一人でカメラの前で笑ってるみたいで怖い……あの脚本の求められるものになれない……｣ 自分が、こんなこと考えていたなんて知らなかった、不思議と零れた弱音。 ｢お前が本気じゃ無いからだ。 いいか、俳優が演じるのは舞台や映画の中だけじゃない、ドラマもバラエティもエンターテイメントだ、誰かがお前を使う限り、一人でもお前を知る人が居る限りお前は”高遠光“という俳優だ。｣ 監督のこの一言が、俺の仕事に対する考え方を変えた、バラエティも全力で演ったし、コントにも出た。 程なくして、伊武監督が俺を主演に映画を撮ってくれた。 今考えれば、無名に近い若手の俺と一度失敗した監督とでよく撮れたなと思う。 しかし、監督の作品が最高には変わり無く、この映画をきっかけに俺は世間に知られるように、監督は再び監督としての地位が不動のものとなった。 前へ |次へ |
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