《MUMEI》

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彼女は妖艶な微笑みを唇に湛え、続ける。


「かわいい誰かさんかしら?」


その台詞を聞いて、俺は瞬き、淡々と答える。


「…プライベートには、首突っ込まないんじゃなかったっけ?」


冷めた返事に、彼女は、冗談よ、と笑う。


「からかいたくなっただけ。怒らないで」


俺はため息をついて、身体を起こすとベッドの下に落ちていたシャツを掴み、ダラダラと袖を通す。

着替え始めた俺の背中に、また、彼女の声が投げかけられた。


「帰るの?」


「うん。約束があるから」


「車、出しましょうか?」


「いい。すぐ近くだし」


淡々と、本当に淡々とした言葉のやり取り。今まで、こういった会話を、何度繰り返したことだろう。

着替えが済んだ頃、いつの間にか起き上がっていた彼女が、ベッドから降り立った。
窓辺に置かれたソファーにかけられているガウンを身に纏い、いかつい赤のバッグを軽々と手に取る。

確か、エルメスのケリーとか言うバッグで、クロコダイルを使った貴重なものだと、彼女は昔、自慢していた。それを買うのに、とんでもない金額がかかったとも。


そんなことを思い出しながら、彼女の動きを目で追った。


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