《MUMEI》

.

彼女は慣れたようにバッグの中をあさり、そこから長財布を取り出すと、札を数枚、俺に差し出した。万札だった。

そして、また微笑む。


「受け取って」


それだけ口にした彼女の顔と、差し出された金を交互に見遣り、俺は眉をひそめる。


「いつもより、多いけど」


俺の台詞に、彼女は軽やかに笑い、入学祝いよ、と付け足した。


「まだ、あげてなかったでしょう?これでスーツでも買いなさい」


もう、大学生なんだから。


彼女の言葉を聞き、俺はしばらくじっとしていたが、やがて歩み寄って、黙ってその金を受け取った。

彼女は満足そうに微笑むと、ソファーに腰掛けて、バッグからタバコとライターを取り出し、1本、吸いはじめた。

細い煙を形の良い唇から吐き出すその仕種は、昔の映画に出てくる妖艶な女優の姿を思わせた。

タバコの煙を燻らせながら、彼女は唇を弓なりに歪める。





「また、連絡するわ」





−−−その言葉は、まるで、



呪縛のように、俺の心をがんじがらめにして、


身動きが、出来なくなる……。



そうして、思い知るんだ。





『もう、引き返せないんだ』って。





俺は彼女の姿を見返して、頷くこともせず、黙ってその部屋から出て行った……。





******

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫