《MUMEI》

「……哀れ、だからですよ。貴方方が不憫に思えてならないんです」
「ふざけてんのか、テメェは」
低い呟きと、壁を殴りつける音が同時
その音は思った以上によく響いたらしく
「愁ちゃん、どしたの?お客様?」
音に気付いたらしい野衣が庭へと出てきた
宮口の姿を見るなり、表情が無くなる
「お早う御座います、野衣さん。いい天気ですね」
「叔父さん、どうして……」
「今までも何度か訪ねているんですが、気付いては戴けなかったんですね。まぁ無理もありませんが」
「愁ちゃん……」
不安げな顔の野衣
そんな彼女へ、部屋の中に入っていろと背を押してやり
だが
「駄目、駄目だよ!愁ちゃん!」
明らかに宮口に怯え、野衣は広瀬の腕へとしがみ付く
その手がやはり震えて仕方がないのを、広瀬は感じずにはいられない
「……帰って、帰ってよ!二度と来ないで!!」
我を失ったかのように喚き始める野衣
「野衣、落着け!!」
そんな彼女の身体を抱きしめ、宥めてやれば
その様を見、相手が笑う事をする
「これは、随分と嫌われてしまったものですね。では、また出直しましょうか」
言いながら踵を返し、その場を後に
立ち去り際、わざわざ振り返り
「向日葵、私も大好きですよ。太陽の様に明るくて」
それだけを言い残して、宮口は庭から姿を消していった
広瀬は何を返す事もせず
腕の中、震える荷を唯々抱きしめてやるばかりだ
二人しかいない庭
水をやったばかりの向日葵達が朝陽で光り
眩しさに目を閉じる
「……殺されちゃうよ、私達」
「野衣?」
「私達、殺されちゃうかもしれない。お母さんに、殺されちゃうかもしれないんだよ、愁ちゃん」
怖い、と広瀬にしがみついて泣き始める野衣
眼を閉じても、見えてしまう恐怖
それから彼女を救う手立てもなく
広瀬は唯々、笑うしか出来ない
「大丈夫。絶対に大丈夫だから、泣くな」
何の根拠もない言葉
だが今はソレが精一杯で
咲く向日葵の中から一際綺麗なソレを徐に取ると、野衣へと渡してやった
「お前が泣けば、こいつらも萎れる」
「……向日葵」
暫く向日葵を眺めて
だがすぐ後に
「……何か、焦げ臭くないか?」
広瀬が漂ってくる異臭に気が付く
乃衣は瞬間は解らなかったようだが
すぐに
「大変!目玉焼き!!」
朝食を作っていた最中だったのを思い出し、慌てて台所へ
恐らく炭と化しているだろうそれを想像し、そんな日常の何気ない事に胸をなでおろす
「愁ちゃ〜ん、真っ黒〜」
「やっぱり?」
「ごめんね。すぐ作りなおすから」
「別にいいって。それより、味噌汁あるか?」
「うん」
頷いて、野衣はまた台所へ
ソコで作業する彼女の背を眺めながら食卓にて広瀬は茶を啜る
すぐに出てくる飯と味噌汁、そして焦げてしまった目玉焼き
両の手を合わせ食べ始めた
「美味し?」
窺う様に顔を覗かせてきた野衣へ
美味い、と一言返してやれば
「よかった。まだ沢山あるからいっぱい食べてね」
そう言いながら笑みを浮かべる野衣に広瀬も笑い返す
まだ、笑えてる
いつかこの笑顔が本当に消えてなくなりそうで
それだけが不安で、堪らない
「野衣」
「何?」
呼んでやり、振り向いてきた野衣へいきなりのキスを一つ
「愁ちゃん、どしたの?」
広瀬の突然なソレに野衣は首を傾げ
だが
「お前、俺の傍に居て、幸せ?」
広瀬は何を答えて返してやることもせず、問う事をする
「……どういう、事?」
やはり唐突過ぎたのか、首を更に傾げる野衣へ、広瀬は幸せかをまた問うていた
「……しあわせ」
「何が?何が幸せ?」
「毎日、御飯が作れること、かな」
「メシ?」
「そ。愁ちゃんが美味しいって言って食べてくれるご飯を毎日作る事が出来る事」
「……これからも、俺の傍に居たいって思うか?」
「勿論だよ。ずっと、傍に居たい」
「俺が、お前を手放そうとしても?」
「愁ちゃんが、手放そうとしても」
傍に、居るから、と
透き通った野衣の甘やかな声が耳を掠めていく
手放したいなんて思わない
だが、手放さなければならない
大事、過ぎるから
「許して、くれな。野衣」
「愁、ちゃん?」
広瀬の言葉の裏在る者が解らず首ばかり傾げる野衣に
何でもない、と一言返し広瀬は席を立った

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