《MUMEI》 . しばらく、そうしていると、 「武?」 背後から声をかけられた。俺は反射的に振り返る。 そこには、濃紺のウェットスーツに身を包んだ男がいた。 彼は担いでいたサーフボードの先を地面に静かにつけて、片手で支えた。 長い前髪をかきあげて、それから、言葉を続ける。 「ずいぶん早いじゃん」 さっき、メールしたばかりなのに…と呟いた彼を見つめて、俺は瞬く。 「そっちこそ。2時間後って言ってたくせに」 淡々と返すと、彼は困ったように笑った。 自分のボードを見上げ、愛おしむように、その側面を撫でる。 「…はやく、海に入りたくてさ」 彼が、ぽつんと呟いたその言葉は、 打ち寄せる波の音に、飲み込まれていった……。 ****** 彼は、俺の親友の、小相澤 拓哉。 拓哉は、高校2年のとき、俺のクラスに転校してきた。 −−−初対面の印象は、 はっきり言って、良いものではなかった。 スラリとした長身に、端正な顔立ち。 アシンメトリーにカットされた、洒落た髪型。 影を抱いた物憂い瞳。 時折、シニカルに歪む唇。 さらには『東京から越してきた』、というバックグラウンドも相成って、 片田舎のこの街での拓哉の存在は、飛び抜けて目立っていた。 . 前へ |次へ |
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