《MUMEI》 侵入者の位置は森の東。入口付近。戦闘が起きるまで気付けなかったカイムの時とは違い、侵入した瞬間に気付けたということは、大した実力もないということだな。ならば早々に御退場願おう。今シセルの死を悼んでいるのだから来るな、と言ってやりたいが、こちらの事情を向こうが知っている訳もないのでそんなこと言っても仕方がない。とにかく行こう。一番近いのは俺のようだし、皆に苦労をかける心配もないだろう。俺は侵入者の方角をしっかり見据えると、地を蹴って駆け出した。 「キャッ!?」 一応言っておくが俺ではない。侵入者だ。侵入者はニンゲンの娘だった。いきなり現れた俺に驚いている。見たところ普通の村娘で、立ち振る舞いにも強者のそれは感じられない。完全にただの村娘だ。近くの村のニンゲンならば俺たちのことを知っていて、この森には近寄らない筈だが…………まあ、いい。とにかく追い払うのみ。 「去れ。ここは貴様らニンゲンが足を踏み入れて良い場所ではない。」 睨みながら言うと、このニンゲンは怯えた様子ででたじろいだが、俺に従うことなく食い下がってきた。 「すいません! そうはいかないんです!」 「ならば力ずくで排除せねばならない。」 言うと同時に抜剣、突き付ける。しかし、それでもコイツは引き下がらない。何だというのだ。 「お母さんが、お母さんが病気なんです! 治すにはこの森にある竜眼草が必要だってお医者様が……! お願いします! ご迷惑はおかけしませんから、だから……!!」 だからどうしたさっさと帰れ、そう言ってやりたかった。やりたかったが、思わず言葉に詰まってしまう。聞き逃せない単語があった。 "お母さん" おかあさんオカアサンお母さん。それは何だ? どんなものを指す? 俺は知らない。 俺は父を知っている。俺は兄を知っている。俺は弟を知っている。俺は姉を知っている。俺は妹を知っている。俺は友を知っている。 だが母を知らない。 前へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |