《MUMEI》

とたんに、兎がすっとんきょうな悲鳴をあげた。

「うあっ!!ワルツ、はじまっちゃいました!!」

「わ、ワルツ?」

ガクガクと首を振る兎。
おい、頭、もげるぞ。

「女王様が、庭園でパーティーを開いてらっしゃるんです!急がないと、首を跳ねられてしまうかもしれません!」


「は?!どんな女王だよ!」

「あぅぅ!あなたが迷子になったりなさるから!」

顔を手でおおい、兎は真っ青になっている。瞳は必死さに潤み、輝いていた。その様子に何故か焦りは感じない。ただ、胸が急に熱くなった気がした。

「おい。」

「あーーっ!!もういいです!ほら!」

「へっ!?」

手を取られ、いきなり兎が走りだす。速い!速すぎる!!

「ちょっ!」

野原を抜け、川を飛び越え、森をくぐり、走る。
景色が、隣を逆走していく。
ちょ、これは・・・酔う。しだいに、音楽は大きくなって、人々の笑い声も聞こえてきた。
兎のスピードが、緩む。

「どうしましょう・・・!もうすっかり始まっちゃってます!!」

慌てて、今度こそ涙をこぼしそうになっている。
なんだよ、さっきの俺を虐めてた余裕は、どこに行ったんだ。
本当に、こいつ・・・。
一つため息をついて、手を差し出した。

「ほら。」

「へ?」

きょとん、と目を丸くすると、瞳が零れそうだ。今度は、俺が余裕を見せる番だろう。

「踊りながら、乱入するぞ。うまく紛れれば、目立たないだろ。」

「ええっ!?でも・・・。」

「イカレた不思議の国の、イカレたパーティーだろ?大丈夫。」

でも、とまだ戸惑う兎に、唇の端で微笑んでみせた。

「このままじゃ、首を跳ねられるんだろ?だったら、やってみないか?」

兎の顔が、みるみる赤くなっていく。それから、小さな声で、はい、と頷いた。鼓動が、速くなる。


「よーしっ!行くぞっ!!」

「へ?はっ、ええええっ!」

足が、勝手にステップをふんだ。兎をくるくる回しながら、女王の庭園に乗り込む。
目をくらくらさせて、兎が叫んだ。

「きゃっ!な、何で私が女性のステップなんですかぁ!!」

「お前のほうが、可愛いからだよ!ばかっ!」

「な!か、かわ、わぁぁっ!!」

絶叫をあげながらのワルツに、周りの奴らが笑い声をたてる。いや、そんなのどうでもいい。
今は、赤くなったり、青くなったりするこいつを、見ていたい。
ワルツのステップ。鼓動。手のひらの温度。揺れる耳。
そう、このイカレたワルツが終わったら、こいつの名前を聞くんだ。「兎」じゃない、本当の名前。
俺も、男の名前を教えよう。
そして、まぶたにキスを落とすんだ。



高らかになったファンファーレが、まだ始まったばかりの恋を、讃えてくれた。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫