《MUMEI》

ビルに向かうスーツ姿の男が何人か見える。
しかし、そのどれもただの一般サラリーマンだとわかる。
周りに護衛を連れていない人間はまず関係者ではない。
ユウゴは視線を空へと移す。
建ち並ぶビルの隙間から見える狭い空からは、昼間の明るさが陰り始めていた。
きっともうすぐ誰かが現れるはずだ。
いや、現れてくれなくては困る。
ユウゴはそう頭の中で繰り返しながらビルの入口を見張り続けた。

しばらくして太陽がほとんど沈み、温かったコーヒーもすっかり冷めてしまった頃、ユウゴの視界に男が現れた。
ビルの入口から出てきたのは一人の男。
品の良い紺色のスーツを着た中年の男だ。
後ろには二人の屈強そうな男たちを連れている。
「あいつ……」
ユウゴは思わず呟いていた。
その男の顔には見覚えがあったのだ。
男は護衛の一人に何か言っている。
直後、護衛一人だけがビルの中へと戻っていく。
ユウゴは自然と笑みを浮かべながら横に置いていたトランシーバーを手に持った。
「……目標確認。護衛が一人、ビルの中から駐車場へ向かった。なんか、えらい体格がいい男だ」
トランシーバーは少しの間を置いて「了解」という織田の落ち着いた声を吐き出した。

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