《MUMEI》
なぜ私は、それをするに至ったか?
 ある日の昼休み。
 誰もいない、空の見える孤立した場所にて。
 私は上着のポケットから一本のストローを出した。

 紙パックのジュースについている、伸び縮みするタイプのストローだ。
 手慣れた動作でストローを伸ばし、口に咥えた。
 そのままストロー越しに息を吸い、煙を吐くように息を吐き出す。

 私は煙草を吸わない。
 むしろ嫌煙家で通っている。
 だが、時折。
 無性に煙草を吸う真似がしたくなる。

 今までは、その理由が分からなかった。
 別に煙草を吸う仕草をかっこいいとも思わない。

 それなのに、なぜ?
 その疑問は、仕草を繰り返すうちになんとなくだが分かってきた。

 私は才能は人並みで、能力も飛び抜けているわけでもない。
 いや、むしろ人よりも劣っているところが多い。
 加えて、努力が不運によって結果に結び付かないことがほとんどだ。
 もちろん、不満もそれなりにある。
 けれど、愚痴を言う相手もいない。
 作ろうとも思わない。
 面倒だからだ。
 口には出せないわだかまり。
 私がそれを吐き出す時は、溜息を吐くくらいのものだ。

 そう。
 煙草を吸う仕草は、溜息を吐くのに似ている。
 煙草を吸う真似をし始めてから、そう感じていた。
 これなら堂々と溜息が、人に気付かれずに吐ける。
 相変わらず、世の中はくそったれで、私自身も無力極まりないが。
 煙草を吸う真似によって、その不満も少しはマシになった。

 おもむろに時計を見た。
 昼休み終了の時間が迫っている。
 私は口に咥えていたストローをきれいに洗い、再び上着のポケットに入れる。
 そして仕事場へ。

 今日も相変わらず、くだらないことになりそうだ。
 それを思うと、もう少し吸っておくんだった、と後悔した。

 この繰り返し、この毎日は嫌でも繰り返される。
 私の心が、魂が摩耗しきる、その日まで……。




















〜終〜


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