《MUMEI》
・・・・
 突如、膨大な魔力が胎動する。壊れた屋敷全体を包んでいく魔力の波にエリザはよく知った現象を重ね、その不気味さに華奢な身を震わせた。
 事前に造り上げられていた世界はカイルの言葉を以って楔を解き放たれる。屋敷に施されていた四重にもなる複雑な魔法陣が現れ、空間の隔離、修復、再構築を行い瞬く間に景色は変貌を遂げる。
 それは一言で言ってしまえば炎の世界。地平線の彼方まで怨恨は燃え上がり、この場にいる者たち以外存在しない無の世界を作り上げていた。
 世界そのものである燃え盛る怨恨の炎はどこまでも暗く、黒い。そのため怨恨の炎も行きつかぬ真っ赤な空だけが唯一の明かりとなっているが、それでも埋め尽くす怨恨の二割にも満たない。
 絶望にも似たその世界に引き込まれ、エリザとアーヴァンクはただ立ち尽くすことしか出来ない。
 「これは――具象世界。
 馬鹿な。仮初めのものとは言え人間風情が世界を創造するなど、神をも畏れぬ所業、赦されるはずがない」
 およそ考えもいかなかったことが起こり目を剥くことしか出来ないアーヴァンクは炎の世界の中、わずかに後ずさり敵の姿を見た。
 その巨体はまるで猫を発見した鼠のようで、情けない姿をしている。
 戸惑うアーヴァンクを見返し、カイルは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべ傷ついた身体を庇いつつ鼻を鳴らす。そして己の切り札とも言える術を使わざるを得ない状況に追いやった怪物を彼はいつものように一言で切り捨てた。
 「神に代わり裁きを下すとでも言い出すつもりか」
 カイルが前へと進めば、どういうわけか邪魔をしていた燃え盛る炎がまるで意思を持っているかのように道を譲る。アーヴァンクのてっぺんからつま先まで、怪物の全体を見てカイルは敵を煽った。

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