《MUMEI》 会いたい. −−−戻れない。 もう、戻れないんだ。 どんなに海が好きでも、 サーフィンがやりたくても、 波の音に、潮の匂いに、 俺は怖くて、波打際から一歩も踏み出せなくって、 ただ、そこに、 おいてきぼりのまま、 時間だけが、過ぎていく………。 俺は単線の、オモチャみたいな私鉄電車に乗って、 拓哉の家がある駅で下車した。 拓哉は夜、海に入ることは滅多にないし、そろそろ大学から帰って来ているだろうと踏んだのだ。 もちろん、電話で言づてた方がラクなのは分かっているが、 それよりも、彼の家に行きたかった。 理由は、自分の中で、はっきりしている。 不気味な薄闇の中、ぼんやりと浮かび上がる街灯の明かりを見つめながら、 俺は、思い出していた。 ついこの前、初めて出会った、 拓哉の母親…響子の微笑みを。 もう一度、彼女の輝くような笑顔を、ただ、見たかった。 彼女の、柔らかな抑揚を、聞きたかった。 記憶の中の、響子の美しい姿を思い浮かべて、 俺は、ゆっくりと丘を登り始めた。 ****** 前へ |次へ |
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