《MUMEI》

.

彼女は、震える声で、小さく、呟いた。


「タケル君には、感謝してるのよ。あなたのおかげで、拓哉は変わった…」


ズッ…と鼻をすすり、悲しく笑う。


「あの子、夢があるのですって。この街で、出会ったひと達から貰った夢なんだって。そんな話、わたしに今までしてくれたこと、なかったから…」


そこで言葉を詰まらせた。
彼女は顔を俯かせ、細い肩を、小刻みに震わせていた。


今にも壊れそうな、

その繊細な彼女の身体に、



触れたい、と、



俺の中で、誰かが暴れ出す。


その烈しい衝動を、理性で必死に抑えながら、

俺は、呟いた。


「俺も、同じですよ」


小さく呟いた声に、

響子は、え?と声を出し、顔をあげた。涙に濡れた顔を、無防備にさらして。

俺は込み上げる感情を、グッと堪えながら、

微笑んだ。


「拓哉がいなかったら、今、俺はこうして笑っていられなかった」



−−−ヒロトさんが死んで、



俺は目標を、無くした。目指すべき方角を示す、指針を失った。


今までの、眩しかった日々が、


一気に色をなくして、


空虚なものに、変わった。


.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫