《MUMEI》
間違った感情
.

俺は、どうしようもない烈しい気持ちに、

ただ、戸惑っていた。


………今、すぐにでも、


震える響子を、抱きすくめたくて、仕方なかった。


細い肩を、この胸に引き寄せて、

柔らかそうな栗色の髪を優しく撫でて、

涙に濡れた、その白い肌に口づけたかった。


そんな想いと裏腹に、


俺は、何故?と自分に問い掛けていた。


彼女は、拓哉の母親だ。

大切な親友の、たったひとりの家族だ。

天真爛漫で、無邪気だけれど、

歳だって、俺とは随分離れている。



………それなのに。


そんな彼女に、


こんな感情を持つなんて、



間違っている………。





俺はいきなりソファーから立ち上がり、ラグの上に座り込んでいる響子を見つめ、


「俺、帰りますね」


アイスティー、ご馳走様でした、と、告げた。

唐突な言葉に、彼女は、不思議そうな顔をし、でも…と言った。


「拓哉に会わなくていいの?」


もうすぐ帰って来るのに、と呟いた、
その、戸惑ったような、頼りない抑揚に、

俺は、完璧な笑顔で返す。


「また、出直してきます」


………限界だった。


これ以上、響子と二人きりでいたら、

俺の中に潜む汚らわしい欲望が暴走するか、分からなかった。


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