《MUMEI》 7.7. 翌朝 俺は何も無かったかのように真理に接した。 真理は何となく、ぎこちないような感じもしたが気のせいのようにも感じるぐらいだった。 会話は、あまり無かったが、いつもと変わりなく、どちらからともなく玄関で口づけを交わし俺は出勤した。 昨日の出来事が夢だったような気さえしてきていた。 いつものようにバスに乗り、いつも通りの景色を眺め「何も変わってないんだよな」などと思いながら終点の光駅で降りた。 いつもと同じ時間に改札を抜けて、いつもと同じ電車に乗り込んだ。 何も変わらない。 当然の事だ。 しかし自分の中で何かが?全てが?変わってしまったような錯覚にさえ思えてくる気がするのだった。 何が本当で何が嘘なのか、何が現実で何が夢なのか、そんな事を考えながら、いつもの駅で下車した。 会社がある駅は恵ヶ丘(めぐみがおか)といい名前のように色々な事に恵まれた駅だ。 特急も急行も止まるし駅の北側は大きなデパートや飲食店、オフィス街があり南側は緑が豊かな住宅街になっている。 光駅よりも栄えていて住みやすいので人通りが多い。 俺は、いつものようにアシコシデパートの横を通り何軒も店舗が入った飲食店のビル街を抜けてからオフィス街に入った。 この時間の飲食街はシャッターが降りているが仕事が終わって帰る時にはネオンの誘惑が待っている。 美味しそうな食べ物のニオイや客引きの呼び声が足を引き止めさせ、この時間帯のようなスーツ姿だけでなく色んな人々が行き来する。 朝はオフィス街へ向かう人達が慌ただしく行き交う。 誰もが無言で足早に目的地に向かっている。 俺も、その人波にのり普段通りに会社のビルへと入って行った。 俺の働く会社は中小企業だ。 ビルは会社の自社ビルで10階建て。 親会社で使う機械類の開発、設計などが主である。 また違う町には工場がある。 俺は開発の3課に所属している。 会社のビルは1階に受付2階から4階は営業だ。 5階と6階が開発で7階と8階は設計となっている。 9階は会議室で10階の最上階が社長室だ。 俺はエレベーターに乗り5階のボタンを押した。 俺の他にも数人がエレベーターに乗り、それぞれの階のボタンを押した。 部所は違っても、それなりに顔見知りなので軽く挨拶を交わし、それぞれの階で下りて行く。 俺も5階で下り自分のデスクの椅子に腰を下ろした。 しかし、すぐに部長に呼ばれた。俺は部長と無言のまま9階の会議室へと向かった。 9階の会議室へは各階から直通のエレベーターがあり、どの階からも直接、会議室に行けるようになっている。 会議室も3タイプあって100人ぐらいの大きな会議室と30人ぐらいの中くらいの会議室と5人ぐらいの小さい会議室がある。 俺と部長は5人ぐらいの小さい会議室に入った。 勿論、部長に呼ばれた理由は分かっていた。 昨日、無断欠勤したからだ。 部長はイスに腰掛けるとポツリ、ポツリと話し始めた。 部長「最近は、どうだ?」 丈「…最近、ですか?」 部長「まぁ、どうだ。お前も色々とあると思うが…困った事があったら俺に相談してこい。」 丈「…はぁ。困った事はイッパイあります…」 部長「ほぉ〜。なんだ?言ってみろ。」 丈「実は…妻が…」 部長「妻が?どうした?」 丈 は部長に「妻の真理が浮気をしている」と言うのを思わず話してしまいそうになったが、やめた。 まだ完璧に浮気をしているとは限らないし、真理を冒涜してるかのようにも思えたのでやめたのだ。が、「妻が」と言ってしまった以上、何か言わなくては…と思って少し黙り込んでしまった。 部長「おい、安野?しっかりしろ!妻は、もしかして病気なのか?」 部長は 丈 が黙り込んでしまったから勝手に病気と勘違いした。 丈「…はい。」 部長「そうか。重い病気なのか?」 丈「い、いえ。ただの風邪だと思います。」 部長「なんだ。風邪か。風邪なら大丈夫だ。すぐに良くなる。心配するな。でも、これからは無断欠勤はダメだからな。」 と 丈 の肩をポン、ポンと叩いて会議室から出て行った。 丈 は暫く会議室に座ったままでいた。 動けなかった。 つづく 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |