《MUMEI》

「で?何だよ、話って」
酷い吐き気に覚束なくなってしまっている脚元
身体支えるため壁へと寄り掛かる事をしながら続きを促してやれば
途端に斉藤の表情から柔和さが消えた
「……お前、何か隠してるだろ」
「さぁな。何の事だか」
問い詰められ、そしてはぐらかす
決して関わらせてはいけない
斉藤の為にも、そして自分自身の為にも
そう、思うのに
「……またいつか話す。それから、明日は真面目に働くから今日は勘弁してくれ」
頼ってしまいたくなる自身の弱さに苦笑を浮かべながら、広瀬は身支度も適当にその場を後に
街の喧騒の中に紛れながら、何の目的もなく唯歩く
行き交う大量のヒトを眺めながら
何故、あの時あの場所に居合わせたのが自分だったのか
ソレを今更に思い始めた
「……見なけりゃ、何もかも普通でいられた筈だ」
生きる事に怯える事もなく
望まずとも平穏なが過ごせたはずなのに、と
手遅れだとわかっていても、悔やまずにはいられない
苦しくて、疎ましくて、息が詰まる
いっそこのまま、一思いに呼吸が止まってくれれば、と
馬鹿けた事すら考えてしまっていた
「本っ当、馬鹿だよな。俺」
例え自ら命を絶ったとしても
現実から逃れる事が出来るのは自分のみ
後に残される野衣は更に苦しむ事になるというのに
一瞬でもそんな事を考えてしまった自分に腹が立つ
それから暫くその場に立ち尽くしていた広瀬
だが突然に踵を返すと、また店へと戻る
「愁。お前、帰ったんじゃ……」
「お前に、話がある。仁」
「愁?」
突然に改まった広瀬の様子に、斉藤は訝し気な顔で
向けられたソレを気にするもせず、広瀬は話す事を続ける
「……野衣の奴、暫く預かってほしいんだけど」
「は?野衣ってお前の嫁さんだろ?一体何でだ?」
当然に理由を聞かれ、広瀬は全てを話すべきかを躊躇する
だが、必然的に巻き込んでしま形になる斉藤へは話しておくべきかと
全てを語る事を始めた
「……話は大体わかったけど、お前はどうすんだよ?」
「俺だけなら、どうにでもなる」
頼めるか、と付け足せば
斉藤はそれ以上問いただす事はせず承諾していた
「けど、嫁さんの方はこれで納得すんのか?」
「無理、だろうな。それでも」
例え、野衣を傷つける事になったとしても
今、この時に手放してしまわなければ手放せなくなる、と
斉藤へと苦笑を浮かべて向けながら広瀬はその場を後に
そして漸く帰路へと着いたのだった……

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