《MUMEI》
視線
音中優里は、26歳の若さで係長に就いた。
都内にあるデザイン会社だ。ほかの社員が若いということもあるが、それ以上に優里は優秀だった。
女性も男性も皆、優里を係長として立ててくれるが、一人、23歳の名倉寛喜だけは、優里の頭痛の種だった。
金髪に耳ピアス。それ自体はあまり注意したくはなかった優里だが、いつも嫌らしい目で自分を見ている名倉寛喜に、彼女は心底呆れていた。
もうすぐ7月。薄着の季節だけに、視線が気になって仕方ない。
窓を背に、係長のデスクにすわる優里。名倉寛喜の席はすぐ近くだった。優里は、女だと思って舐められてはいけないと、あまり笑顔を見せず、厳しい上司というキャラ設定を保っていた。
きょうも名倉寛喜は、チラチラと優里の顔から胸から腕へと視線を移動する。
デスクが邪魔で脚が見えないのが残念と、彼は思っていた。
(すました顔もいい。本当に美人だ)
寛喜は仕事よりも妄想に忙しい。
かわいい女。髪もきれいだ。スタイルも文句ない…。
さりげなく優里は寛喜のほうを見る。彼はデスクに向かい、仕事をするふりをする。
優里がまた何かを書き始めると、チラチラと目や唇に視線を注ぐ。
(キスしたい)
プライドの高い女。だからこそ乱れたら絵になる。
年下の、しかもデキの悪い部下に攻められて、ただの女の子にされちゃったら、さぞかし悔しいだろう…。
「名倉君」
「は、はい!」
急に呼ばれて、寛喜は慌てた。
「このレイアウトは何?」
「何と申しますと?」
イスにすわりながら話す寛喜に、真向かいの女子社員が小声で言う。
「呼ばれたら係長のデスクの前で話すのが常識でしょ」
「そうなの?」
軽い。遊んでいそうでルックスも悪くないから、最初は女子社員にも人気があった寛喜。しかし仕事に対する姿勢があまりにもなっていないので、今は皆から敬遠されている。
寛喜は優里の前に立った。
「やり直し」
「どこがいけないんでしょうか?」
「全部よ。真剣に考えて書き直しなさい」
下から睨む優里。寛喜は返事もせずに自分のデスクに戻ると、大きくため息を吐いた。
「あーあ」
その瞬間、優里が素早く立ち上がり、寛喜がすわっているイスを掴んだ。
「何か文句あるの?」
「まさか」寛喜は驚いて優里を見上げた。
「やる気がないなら辞めてもらっても結構なんだけど」
「やる気ありますよ。どうしてそういうこと言うんですか?」
二人は睨み合った。
「何その目は?」
「目?」
優里はイライラしてきた。ほかの社員も二人に注目している。
「じゃあ係長一つ聞きますけど、係長が黒と言ったら白も黒ですか? 係長が死ねって言ったら死ぬのが正しいんですか?」
挑戦的な目だ。ここでたじろいではいけない。
「理屈をこねる前にまじめに仕事をやりなさい」
「やってんじゃないですかあ! どうしてそういうこと言うんですか!」
寛喜がヒステリックに叫ぶ。優里は困った。首を左右に振ると、無言のままデスクに戻る。
しかし赤い顔をした寛喜が来る。
「話の途中でしょ。何で逃げるんですか?」
「やめなよ」向かいの女子社員が止める。
「おいテメーいい加減にしろよ!」
遠くから男性社員にも怒鳴られた。皆優里係長の味方だ。
寛喜はムッとしながら席に戻った。
(優里チャン。やっちゃうよ)

次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫