《MUMEI》 嘘と、本当の気持ち. しばらく、そうしていると、 お店から、人がひとり、出てきた。 黒いエプロンを身につけ、両手にたくさんの花を抱えた、華奢な身体つきの、その人は、 −−−紛れも無く、響子だった。 彼女の姿を見つけた途端、 俺の心臓が、大きく鳴り出す……。 響子は抱えていた花束を、丁寧な仕種で、それぞれのバケツに振り分けていく。その、ひとつひとつに語りかけるように、柔らかな微笑を浮かべて。 疼きの止まない胸を抑えて、 俺は意を決し、 ゆっくりと、一歩、前へ踏み出した。 ****** 「こんにちは」 背後から、俺が声をかけると、響子はお客だと思ったのか、満面の笑顔を浮かべて振り向き、いらっしゃいませ!と、大きな声をあげた。 俺と彼女の目が、合う。 それだけで、死にそうなくらい、ドキドキしていた。 響子は俺の顔を見ると、サッと表情を変えて、途端に不思議そうな目を向けた。 「…タケル君?」 軽やかな声を紡ぎ出した後、彼女は首を傾げる。どうしたの?こんなところで……。 尋ねられた俺は、ドギマギしながら、偶然通り掛かって、と嘘をついた。 −−−そう、嘘なのだ。 響子がこの店で働いていることを、あらかじめ拓哉から聞き出していた。 そして、今日、すぐにでも響子に会いたいと思い、ここへ訪れたのだ。 . 前へ |次へ |
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