《MUMEI》

.

ひとり、完全に取り残された俺は、ぼんやりとそれを眺めていた。


姉は、うっとりした表情を浮かべて、


「この香りを初めて試したとき、


《……夏の日の午後、

白いシャツにデニムをラフに着こなした女のひとが、

大切な自分の庭で、

時間を忘れて、忙しない日常を忘れて、

ただ、花達と向かい合う……》


そんなイメージがね、フッと沸き上がってきたの」


そんな話をした。

母さんは、凄い想像力ね…と呆れたような顔をした。


俺は姉の話を聞いて、


ごく自然に、響子の姿が目に浮かんだ。


飾り気のない姿で、ガーデニングに勤しむ彼女と、

今聞いた、姉の『P.S.ローズ』に対するイメージが、

寸分のブレもなく、リンクする…。


母さんは、P.S.ローズのボトルを眺めながら、でも…と渋い顔をして、


「バラはやっぱり苦手だわ…」


と呟き、姉にそれを手渡した。


−−−それを見計らって、


「ねぇ…」


二人に、声をかけた。

姉と母さんは、ほぼ同時に俺の方を見て、変なものでも見るような顔をした。


「なによ、まだ居たの?」


素っ気なく呟いた姉に向かって、

俺は戸惑いがちに、口を開いた。





「その香水、俺が貰ってもいい?」





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