《MUMEI》
冒険
優里は念のために携帯電話は使用せず、電話ボックスに入った。
いざかけるとなると、さすがに緊張する。
とにかく最初に名前を名乗らず「もしもし」と言ったら即切る。これだけで詐欺に遭う確率は減る。
自分の名前も名乗れない事務所は怪しい事務所だ。
優里は身構えながら電話をかけた。
『お電話ありがとうございます。第12回くすぐり我慢大会事務局です』
名乗った。若い男性の声。
「あの、ホームページを見たんですけど」
『ありがとうございます』
「参加資格ってありますか?」
『まあ、基本的に30歳くらいまでなんですけど、主婦の方もいますよ』
「へえ。あたし、26なんですけど…」
『全然OKですよ。無理なことなんか絶対しませんから、気軽に遊びに来てください』
「では、もう一度考えてから、申し込みます」
『ぜひ来てください。心からお待ちしております』
好印象だ。優里はますます迷った。

迷ったはずが、気づいてみたら水着を購入していた。セクシーなブルーのビキニ。
冒険といえば本当に冒険だ。しかし優里は、絶対安全保証付きのスリルを求めていた。女なら当然のことだ。
女性のレイプ願望というのは、あくまでもレイプっぽいプレイのことだ。本当にレイプをされたいと思っている女性は一人もいない。
男の勘違いほど怖いものはない。
SMプレイをやるにしても、ガッツいている男が相手だったら危険だ。
手足を拘束され、無抵抗になったら、何をされるかわからない。
「愛撫だけよ」と約束しても犯されてしまうだろう。
(あたしまた変なこと考えてる…)
あの夜。男たちに開発されてから、今まで考えたこともないことが、頭をよぎる。
道を歩きながらの妄想は危険だ。優里は喫茶店に入り、コーヒーを飲んだ。
もしも本当にMであるなら、彼氏はSが理想。アブノーマルならなお良い。
しかし、こればかりは親しくならないとわからない。
血液型ではないのだ。優里のような知的な美人が、いきなり「Sですか?」と聞いたら、男は感動を飛び越えて詐欺だと疑うかもしれない。
世の中には、SMプレイをしてほしくても、ダンナがノーマルで言い出せないMの奥さんがいるかもしれない。
(まさか「縛って」と女の口からは言えない)
だから若いうちに冒険を味わって、後悔しないようにするという考え方もある。
ただ、よほど慎重にやらないと危ない。
優里は電話の応対が爽やかだったので、事務局をすっかり信用した。
(ちょっぴり怖いけど、冒険してみるかな)
悶々としていても仕方ない。
優里は意を決した。

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