《MUMEI》

ユウゴは不自然に見えないようにトランシーバーをポケットに入れると席を立った。
そのままゆっくり歩いて店を出る。
そして待ち合わせでもしているかのような仕種をしながら、ビルへと視線を向けた。
スーツの男は携帯で何やら話しており、こちらに気づいてはいない。
ユウゴは男の顔を自分の記憶と照らし合わせる。
「実川……」
ユウゴが小さく呟いたとき、ポケットのトランシーバーが鳴った。
「作戦完了」
取り出したトランシーバーから織田の声がそう伝えた。
ユウゴはトランシーバーを取り出して耳にあて、できるだけ携帯電話に見えるよう扱いながら「車、さっきいた場所までまわせるか?」と聞く。
「……了解」
ユウゴは歩きだしながら再び視線をビルへと向けた。
男はまだ携帯を片手に話し続けているようだ。
ユウゴは男を冷たく睨みつけると、グッと口を引き締めた。
あの男の顔は忘れもしない。
ユウゴがいた地区のプロジェクト説明を担当していた男だ。
そしてあの表彰式の時、ユウゴとユキナを嘲るように笑っていた男。
「……絶対、殺してやる」
低く呟きながらユウゴはさっきの場所まで戻った。
するとタイミングを合わせたように黒いセダンがゆっくりとユウゴの前で停車した。

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