《MUMEI》
欲望
日曜日。
優里の部屋はマンションの六階。彼女は部屋の中でゆっくりしていた。
読書をしても集中できず、本を閉じる。優里はすました顔で携帯電話を開き、インターネットを覗いた。
ブレーキをかけるつもりが、またスリリングなマッサージ店を探した。
怪しいイベントにはもう行かない。スタッフは優しかったが、参加者が最悪だった。
やはりネットは怖い。どんな人間が集まって来るかわからない。
優里は、ネットという大海を泳いだ。浅いところで水泳を楽しんでいる分には、まだ安全だが、深海に潜れば、サメもいる。見たこともない怪魚までいるかもしれない。
好奇心と冒険心が旺盛な優里は、水着のまま深海へと探検に行った。
いろんなキーワードで検索していると、強烈な言葉が目に止まった。
『貴女のエッチな願望を叶えます』
ドキッとした。ヘタに近づけないイソギンチャク。海草が脚に絡まり、絶体絶命ということもある。
優里は警戒した。
(でも気になる)
好奇心が警戒心に勝った。彼女は勇敢にもクリックする。
『類似品にご注意ください』
優里は首をかしげ、文章を黙読していった。
『あなたの願望をシナリオに込めて送信してください。当然あなたがヒロインです。そのシナリオをもとにプロの俳優が迫真の演技で、あなたの願望を叶えます』
(危険でしょう、これ?)
さすがにここへ行く勇気はない。優里は行かないことを前提に、さらに読み進めた。
『今までもユニークなシナリオをもとに、大胆なレディたちが、脳内でしか味わえなかった願望を体感できました』
怪し過ぎるサイトだが、今までの実例を丁寧に紹介している。
皮膚科で診察を受けた女子大生。セクハラドクターは意味もなく彼女を全裸にして、ベッドの上で四つん這いにさせ、お尻まで見られる…。
「恥ずかしい」優里は顔をしかめた。
次も凄い。
女スパイが敵の手に落ち、地下室で吊され、無念にも裸にされたうえ拷問…。
優里は唇を結ぶ。胸の鼓動が高鳴る。
サイトは再び語りかける。
『旦那や彼氏とのプレイではまず実現不可能なイメージプレイを、あなたのために見事に実現してみせましょう』
(イメージプレイ…)
意味は理解できた。ただ、これがもしも詐欺だったら、カモにされた女は、無事では済まない。
インチキではないかもしれない。女性の風俗店があることは、優里も男性から聞いたことがあった。
欲望が強く刺激された。嘘でなければ、まさに自分が求めていたイメージルーム。だが、罠であれば体は無事では済まない。両手両足を拘束された時点で、実はインチキと聞かされたら…。
「泣くな」優里は笑った。
彼女は一旦携帯電話を閉じた。あまりにも危険過ぎる。詐欺であればアウト。まず助からない。リスクは大きい。
ネットにまつわる事件は多い。ニュースを見てもわかる。裏サイトで知り合った人間を信用することがいかに危険か。
冷静に判断すれば騙されようがないが、その判断力を鈍らせるのが、人間の二大欲望だ。
それは金と異性。
金がどうしても欲しい人は、金儲けの話に心が動く。
女が欲しい男は、それが叶えられる話となると、周りが見えなくなる。
(何やってるんだろ、あたし)
貴重な休日に妄想している自分を発見し、優里は理性の利剣で欲望を断ち切るように想像を打ち消した。
欲望はコントロールするもの。欲望に振り回されたら、また痛い目に遭う。今度はボディブローでは済まない。
もっと邪悪な連中なら集団リンチもあり得た。
優里は嫌なことを思い出してムッとすると、立ち上がった。
「買い物行ってこよ」

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