《MUMEI》
・・・・
 口を閉ざしたまま、エリザはただその光景を眺めるだけで何も感じている様子はなかった。カイルを止めることも、悲しみを声にすることもしない。契約者が殺されようとしているのを動じず見届けたのだ。
 跡形もなく消え去ったというのに彼女には悲しみも涙も押し寄せてはこない、今のエリザにとって契約者の死は些末なもの。戦友の死よりも心を占める大きな存在はこの世界そのものであり、その暗闇に独り立つ兄の姿。
 完全な具象世界を造り上げ、どこまでも遠く、光り輝くその眩しさに暗い嫉妬が芽生えるのをエリザは感じる。
 自分にないものをすべて持ち得、自分の知らない美しい世界を見てきた兄。
 自分に愛する幸せ、愛される喜びを教えてくれた兄。
 尊敬しているからこそ、羨ましく思ってしまう。
 「・・・兄さまが具象世界を持っているなんて」
 「血を分けた兄妹だからな、同じ力に目覚めることもあるかもしれないだろう。まあ血よりもオレたちの受けてきた残酷な境遇の方が濃いと思うが。
 どちらにせよお前と同じように具象世界を持っていたとしてもおかしな話じゃない」
 術者の心のあり様が反映された特殊な結界、それがこの具象世界である。その効果も能力も術者に決定権は与えられていない、術者の歩んできた歴史や積み上げてきた経験が具象世界を創り上げるのだ。
 しかし、魔力を持つ者なら誰彼構わず扱えるようになるわけでもない。具象世界の顕現は限りある中の一つの、天性の才能と言えよう。世界により近く、世界の声を聴くことのできる者が会得の可能性を秘めている。だが、その才能に気づく者は少なく大半は芽吹くことなく一生を終えてしまう。

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