《MUMEI》
伊刈
招待状が届いた。
『夢の扉へようこそ』。
優里は緊張した面持ちでベッドに腰をかけると、招待状を開いた。日時と場所が書いてある。いよいよ未知の世界に足を踏み入れる。
今回は試運転。優里はそう思っていた。満足できたら、次はもっとハードなシナリオでもいい。マッサージ店は全くの受け身で任せきりだが、これは自分で決められるし、ストーリーが違えば、鮮度は消えない。
優里は、リスキーな自分に呆れながらも、好奇心と冒険心がすべてに勝ったことに、笑みがこぼれる。
(あたしって、マジ、ヤバいよね?)
しかし全裸も電マもNGなのだから、まだ理性が残っていると思った。やはり直接触られるのは抵抗があるし、一糸纏わぬ姿を晒すのは、恥ずかしいし怖い。

当日の朝を迎えた。
優里は入浴に時間をかけ、いつもよりも入念に体を洗った。
風呂から上がると、髪と体を拭き、セクシーな水色の下着を身につけた。服はTシャツとジーパン。もちろんプレイ後の着替えも持っていく。

現地に到着。さすがに緊張する。かなりの冒険だが、ここまで来たらインチキではないと信用するしかない。
「こんにちは」
スタジオに入った。
「どうも、こんにちは」
男が鋭い声を発した。髪は薄いが、まだ若い。目が大きく、色黒で、引き締まった肉体。高価なスーツを着ていて、暴力団の幹部という感じに見える。
男は熱烈に歓迎してくれた。
「ようこそ、夢の扉へ。私、責任者の伊刈と申します」
「いがりさん」優里も笑顔で返した。「初めまして。音中優里です。よろしくお願いします」
美人だ。かわいい。伊刈は目を見張った。
「音中さん。ここでシナリオを確認しても白けます。本気でハラハラドキドキ興奮するためにも、ぶっつけ本番で行きましょう」
「怖いですね」優里は白い歯を見せた。
「極上のスリルとサスペンスを体感させてあげます。だから多少のアドリブもありますから、お楽しみに」
「アドリブ?」優里は真顔で聞いた。
「ガチで行きましょう」
伊刈の目が光る。優里はおなかに手を当てた。
「伊刈さん。怖いからNG項目だけは確認したいんですけど」
「はい」
「全裸は絶対ダメです。あと乱暴な扱いはしないでください。痛い目は絶対イヤなので」
「わかりました」伊刈は笑顔で答えた。
「くすぐりも20秒が限界なので、意地悪はダメですよ」
「大丈夫です。20分もくすぐりません」
「20秒です!」優里は笑顔で睨んだ。
「ハハハ。冗談ですよ。でも音中さん。次に何をされるかわからないからスリリングなんです。あとは任せてください」
優里は顔を紅潮させると、甘い声を出した。
「怖いですね。信じてますからね」
「それでは準備してください」
「はい」
優里は手荷物をロッカーに入れ、プレイルームに入った。
シナリオ通り、事務所のセットだ。
(迫真の演技をしなきゃ)
優里は燃えた。すました顔で息を潜めながら、引き出しを開けて機密書類を探す。部屋の電気がついた。
「はっ!」
振り向くと、伊刈が怖い顔で立っていた。
(嘘、伊刈さんが役者?)
演技でなく驚いた表情の優里に、伊刈は言った。
「ここで何をしている?」
「…別に」女スパイ優里は、強気に出た。
伊刈はいきなりピストルを出した。
(え、シナリオと違う)
「手を上げろ」
優里は両手を上げた。
「撃たないで。逆らわないから」
「手を頭の後ろに組め」
凄い迫力。優里は額に汗が光る。
「足を広げろ」
怖いから言う通りにする優里に、伊刈が歩み寄る。
(この人演技うますぎ。怖いよう)

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