《MUMEI》

「……一人じゃ、ねぇから」
最早口癖になりつつあるその言葉が返された
その声は深沢には酷く優しく耳に響く
一人きりではない安堵
ソレは、深沢が滝川に出会って久方ぶりに感じた感情
素直にその存在を必要としている事を認めてしまえば
胸の内が、途端に軽くなる
「ガキ」
微かに笑いながら深沢は滝川の髪を手荒く掻いて乱した
「な、何すんだよ。望!」
折角整えたのに、との抗議に耳を貸してやる事もせず
僅かに笑って返し、深沢はまた車を走らせる
その直後
フロントガラスに一粒
水滴が弾けた
「……雨?」
そんなはずはない
空は晴雲一つなく、雨など降る様子は欠片も見受けられない程の晴天
だが一粒また一粒と弾けていくソレは数を増し窓を露で濡らしていく
一体どうしたのかと訝しんでいるうちにその雨は止み
見え始める日差し
だがそのすぐ後に、一面の霧が現れ始めた
1m先すら見えない程の濃霧
完璧に失ってしまった視界に、深沢はまた車を停止させて
状況理解するため車外へその後へと滝川も続き、揃って出てみれば
霧は、まるで先程の濃いソレが嘘の様に晴れていく
漸く元通りに開けた視界
だが眼前に見えた景色は
その直前まで見ていたそれと全く違っていた
「……ここ、何処だ?」
辺りを見回してみても見覚えなど無く
目の前には、唯々森林が広がっているばかりで
暫く呆然と眺めて居ると、何処からか幻影と陽炎が姿を現した
「どうした?」
突然に現れたかと思えば何故か落着きがなく
森の中へ二羽は入って行ってしまう
「お、おい!ちょっと待てって!」
生い茂る木々はすぐさま二羽の姿を隠してしまい
どうしたものか、と滝川は深沢の方へと向いて直った
「……探すしか、ねぇんだろうな」
溜息混じりに呟き、深沢はその後を追い、滝川もその跡を追った
奥へ奥へと入って行けば
開けた其処に、何故か集落を見つけた
古めかしい茅葺の家屋が立ち並び
その様はまるで一昔前のソレの様で
二人は驚き脚を止める
「……ここ、何だよ?」
辺り一面には甘く香る花が咲き乱れ、そこには無数の蝶の群れが
深沢達は暫くその様を呆然と眺め
その直後
「……外の、者か。これは珍しい」
年老いた様な枯れた声が不意に聞こえた
そちらへと向き直ってみれば
まるで干物かと見間違ってしまう程干た感じの話服姿の老婆がそこに居て
二人へと笑みを浮かべて向けていた
その笑みを向けられるなり
背筋に悪寒の様な何かを深沢は感じる
「望?大丈夫か?」
顔色が悪い、との指摘に、深沢は何でもないとだけ返す
だが悪寒は消えてくれないどころか、益々酷いものへと変わり
深沢はその場へと座り込んでしまっていた
「望!?」
「おや。随分と顔色の悪い事。今日はこの村に泊っていきなされ。今、部屋を用意します故」
段々と青白くなっていく深沢の顔色に
滝川がその様子を窺う様に顔を覗きこめば
瞬間、深沢の眼から自我が失せた
突然背後から抱きすくめられる
「……幻、影?」
久方振りに現れたソレに滝川は戸惑い
自身を拘束している深沢の腕を何とか緩めるとその頬へと手を触れさせた
その途端、手首が掴まれ深沢の方へと引き寄せられていた
行き成り過ぎるソレに心構えのなかった滝川は
半ば倒れ込むように深沢の腕の中へ
抱きしめられ、深沢からのキスで唇を塞がれた
「の、ぞむ……」
呼吸すら食い尽くされるソレに
滝川は身体の奥に自分自身の快楽ではないソレを感じてしまう
滝川の内に居る陽炎が番である幻影を求める甘い疼き
荒くなっていく呼吸に、熱が混じる
「……イヤ、だ。こんな、処で……!」
「陽炎」
更に深く全てを求められ
どうしていいのかが分からず、取り敢えず深沢の身体を滝川は押し退けようと試みた
「のぞ……幻影、や、めろ。人が、見てる、から」
滝川は途切れ途切れの呼吸で深沢の身体を押しやりながら
だがびくともせず、滝川は深沢にされるがまま
そのうちに抵抗していた手からも力が抜け、それでも言葉だけは抵抗を試みる
「いや……だぁ!」
無意識に眼尻に溜まっていたらしい涙が喚くと同時に飛んで散った
微かな温もりのソレに、まるで動揺するかの様にその目は見開いて
深沢はその場に倒れ伏してしまう

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