《MUMEI》
・・・・
 エリザは四つ目の魔法陣、包蔵をこじ開ける術を知らなかった。もしカイルと同じ環境であればエリザが魔法で後れをとることはまずなかった。
 それを知れば尚更、エリザは己の運命を呪うことだろう。しかしそれを知ることは永久にない。エリザは誤解したまま、カイルの才に脱帽した。
 「そこまで計算されていたんですね、やっぱり兄さまはすごいですわ」
 傷ついた身体を引きずるようにしてカイルはエリザへと近づいていく。その瞳に映る少女は戦意を喪失したように俯き、敵である彼の顔を見ようとはしていない。
 敵から目を離すことは戦闘放棄したことと変わりなく、つまりエリザは諦めたわけだ。
 嬉しいという感情を殺し、カイルは冷たく言葉を紡ぐ。
 「お前に勝ち目はない、もうやめろ」
 なんて醜い男なんだと、カイルは自分自身を罵った。エリザの想いを承知し、そのうえでそれを打ち砕くと、殺すことを決意した。だというのにここまで来て迷いが生まれたのだ。
 匿ってやれば、除霊を行ってやればどうにかなるのではないかという根拠もない妄想に頼ろうとしている。それがどれだけ馬鹿げたことかもわかっている。それでもカイルは妹を、家族をこの手にかけることだけはしたくなかった。

 そして気づいてしまった。築き上げてきたもののすべてを崩そうとも、この娘のためならそれも恐ろしくないと。

 これが言い訳だと誰が言えようか。
 彼はこのためだけにこのくだらない世界を生きてきたのだから。
 カイルの新たな決意を振り払うかのようにエリザは顔を上げ力強く、か細い腕を払った。
 「それでも、いまさら後戻りはできません」

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