《MUMEI》

え?

「ほら」

立て掛けていた傘を目の前にひょいっと突き出されて、思わず受け取ってしまう。

橘先生は、子猫をジャージごと抱き上げて、立ち上がっていた。

「お前の家、この近く?」

「は、はい」

「あ、そう。じゃあ風邪引く前にさっさと帰れよ」

それだけ言うと、子猫を抱いたままくるりと背を向けて歩き出してしまう。

意外な展開に全くついていけない僕は、思わずその背中を呼び止めてしまった。
「え、あの、先生!?」

僕の声に、先生はちょっとだけ足を止めた。

「コイツは俺が預かってやる。だからお前は早く帰れ」

それから、口の片端を上げて付け足した。

「俺の優しさに感謝しろよ」

にやっと笑ったその顔が、ムカつく程格好良くて、何故か僕は動揺してしまった。

「別に頼んでません!!」

恩着せがましい言葉に腹が立つ。

全く可愛くない僕の言葉に
「ははっ、お前可愛くねぇな」

そのままの感想を言い置いて、先生は立ち去っていった。

予想外の展開に、僕は先生の背中が見えなくなった後も、しばらくぼんやりその場に立っていた。

思っていたよりいい奴かもしれないけど…なんか変な奴…

僕の中で橘先生への認識がほんのちょっとだけ変わった日だった。

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