《MUMEI》
始まりは夜の工場
切断機。扱うには技術や経験の他にも、心構えが必要になる。

しかし長年同じ作業を繰り返していると、必ず心の隙は生まれる。

町の工場に勤めて10年にもなると、自他共にベテランと言われる。

だが事故は誰にも予測できない。それはどんな人間でも不可能なのだ。

だからこそ、彼も決して油断してはいけなかった。

―その日、彼は夜勤をしていた。

彼の仕事は古くなったダンボールを切断することだった。

汚れがヒドイものや破れたりしたダンボールを一度切断し、再利用するのが彼の勤める工場だった。

彼はその夜もいつものように切断機の近くにいた。

夜勤に出ている従業員は他にもいる。

だが彼はベテランと言える経験があったので、一人で作業部屋にいた。

大きな機械が一定のリズムで動く。

ダンボールは自動的に流れて、切断され、山になっていく。

彼の役目は機械が正常に動いているかのチェックと、不良ダンボールを時々追加することだ。

例え機械のトラブルがあっても、別の作業部屋には直す人間がいる。

大した動きが無い作業は警戒心を薄くさせる。

だから彼もつい油断してしまったのだ。

突然、事故に会う可能性を…。


その事故は突然起こった。

機械がいきなりガタガダッと震え、動きが止まった。

彼は異変にすぐに気付き、機械の近くに寄った。

どうやら切断機にダンボールが挟まり、刃が抜けなくなってしまったようだ。

この程度のトラブルは度々あった。

いつも自分で直せるので、今回も自分でしようとした。

一度機械の電源を切り、挟まったダンボールを取り外す。

そして再び電源を入れれば、直る。

―はずだった。

しかし今回はよほどダンボールが悪かったのか、電源を入れ直しても、切断機の刃は途中までしか上がらず、また止まってしまった。

彼は電源をもう一度落とし、刃の真下に来た。

見上げて、刃に挟まったダンボールの屑を取り外し始めた。

ハラハラとダンボールのカスが顔に降りかかる。

思わず顔を下に向け、横に振った―その時だった。

何の前ぶれも無く、刃が落ちた。

そして―首が落ちた。

彼が休憩時間になっても来ないことから、夜勤に出ていた数人が呼びにいった。

作業部屋に入って、すぐに異変に気付いた。

生々しい血の匂いが部屋を満たしている。

そして機械の音がしない。

作業員達は慌てて彼の定位置に向かった。

そこで見たのは、血にまみれたダンボールに埋もれた首の無い彼の身体。

工場内に悲鳴が響いた。




彼の死は事故だった。

彼は機械の異変を他者に知らせるべきだった。

刃はダンボールの屑で支えられていただけなのだから…。

そんな簡単で単純なトラブルだったのに、彼は注意を怠った。

しかしそのことを叱ろうとしても、当人はもういない。

そして不思議なことに、彼の首まで無くなってしまった。

刃で切り落とされたはずの首は、作業部屋をいくら探しても見つからなかった。

そのうち捜査もうち切られ、首は行方不明のままに事件は終わってしまった。

そして工場は彼の死をもって、新たな作業ルールを決めた。

機械に異常が出たら、ベルを鳴らすこと。

工場内に響き渡るベルの音は、異常を知らせる。

作業部屋によってベルの音が変わっていて、機械の修理班はすぐに現場に駆け付けること。

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