《MUMEI》 少女その少女は日常に飽きていた。刺激に飢えていた。 毎日毎日、変わることなく続く『今日』から抜け出したくて、たまらなかった。 生まれて17年、平凡なことが幸せだと教えられても受け入れられなかった。 刺激が欲しかった。 心が渇いてしょうがなかった。 だけど何をすれば満たされるのか分からず、悩んでいた。 『今日』も同じことを考えていた。 学校からの帰り道、友達と他愛のない話をしながら笑顔を作る。 それが友好関係をスムーズにする方法。いつの間にか覚えていた。 友達と別れると、深くため息をついた。 ―くだらない― そう思いながらも、抜け出せない。 もどかしさを感じながら歩き出す。 この辺りは女の子向けの小物や洋服、可愛らしい家具の店が立ち並ぶ。 ケーキ喫茶店やクレープの店もあるので、いつも夕方は学生逹で賑わっていた。 でも今日は別の所で寄り道をしてきたので、辺りはすでに薄暗くなっていた。 それにともない、学生の数もちらほら見かける程度になっていた。 夕闇の中、ぼんやり歩いていると、ふと何かに呼ばれた。 足を止め、周囲をキョロキョロ見回した。 店と店の間の細い道の向こうに、一軒の店がある。 何故だか足が自然とそちらに向いた。 夕闇の中で浮かび上がるその店は、小物屋らしい。 扉を開くと、ベルの音が店内に響いた。 ―いらっしゃいませ。ようこそ我が当店へご来店いただき、ありがとうございます― 店内には一人の若い青年が立っており、深々と頭を下げた。 少女は軽く頭を下げ、店内を回り始めた。 小さな小物が所せましと並んでいる。 アンティークものばかりだが、値段が貼られていないのが気になった。 ふと視線を反らすと、青年と目が合った。 青年は優しい微笑みを浮かべ、頭を下げる。 顔が赤くなるのに気付き、慌てて違う所を向いた時、ある物が目に映った。 可愛らしい色と形のロウソク逹。 ―可愛いキャンドルでしょう?― 不意に声をかけられ、驚いて振り返ると、すぐ背後に青年が立っていた。 ―当店の人気商品なんですよ。この『ハッピーキャンドル』― ―ハッハッピーキャンドル?― ―ええ。火を付けて、香りを身にまとうと幸せになれるんです― そう言われ、思わず一つのキャンドルを手に取ってみた。 手の平サイズのキャンドルは、薄いピンク色で花の蕾の形。 香りを嗅いでみると、微かに甘い匂いがした。頭の中がぼんやりする。 ―どうやらお気にめされたようで― そう言われて、ハッと我に返る。 ―いかがです? ご購入してみては。そのキャンドルは必ずあなたを幸せにしますよ― 自信に満ちた青年の表情。 効果はともかく、アロマテラピーでリラックスするのも悪くないと思い、購入することにした。 可愛くラッピングされた袋を持って店を出る時、青年は恭しく頭を下げた。 ―どうかあなたに幸せが訪れますように― 家に帰り、部屋に入ってすぐに火を付けた。 甘い匂いが部屋に満たされ、眠気を感じた。 ふと袋から小さな紙が出ているのに気付いた。 確か取り扱い説明書だと、青年が袋に入れながら説明していた。 しかし眠気が勝ち、そのまま眠ってしまった。 その時に見た夢は幸せな夢だった。 理由は晩ご飯が大好物のハンバーグを食べている夢だったからだ。 ふと母の呼ぶ声に目が覚めた。 少しの間、うたた寝をしていたらしい。 キャンドルを見ると、蕾の先が少し溶けていた。 火を消し、袋は可愛いので説明書を入れたまま机の引き出しにしまった。 前へ |次へ |
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