《MUMEI》
恐怖
寛喜も良心がゼロではなかった。
「よし。全裸で表に出すのは許してあげる」
下ろされた。
「じゃあね」
「待って」
「何?」
「ほどいて」
「ほどいてほしい?」
寛喜は胸やおなかを触りまくる。優里は我慢した。
「ほどいてください」
「じゃあ後ろ向きな」
「はい」
ほどいてくれた。優里が素早くバスタオルを巻くと、寛喜はお尻を叩いた。
「あっ」
「じゃあね」
寛喜は走っていった。悔しい。悔しいが許してもらうためには仕方なかった。
(あんな危険人物。牢屋に入れなきゃ)
優里は、エレベーターは人に会う危険性があるので、階段を上がった。
三階まで来ると上から下りて来る足音が聞こえる。
(ヤバい)
優里は急いで下りた。すると今度は下から人が上がって来る音。
(嘘!)
挟み撃ちにされた。
(どうしよう、どうしよう)
優里は天に祈った。
(助けてください。これからは真面目に生きて行きますから)
背中に何かが当たる。掃除用具入れのロッカーだ。天にはまだ見放されていなかった。
優里は何とかロッカーに入り、息を潜めた。人がすれ違い、しばらく待つと靴音は消えた。
静かに出る。優里は裸足で階段を上がっていった。
五階の廊下にはエレベーターを待つ男性がいる。彼女は様子を見ていた。エレベーターが行くと、小走りに部屋へ向かい、ようやくドアを開けた。
(助かった)
部屋に入る。
「あっ」
伊刈がベッドに腰かけている。
「どこへ行ってた?」
「お客さんに腕引っ張られて、下まで連れて行かれたんです」
「そうか」
「そうかって?」優里はムッとした。
「優里。ベッドに寝なさい」
「はい」
怖い。まさか変なことはされないだろうか。バスタオル一枚なのだ。彼女は緊張の面持ちで仰向けに寝た。
伊刈は優里の両手首を握ると、ベルトで固定しようとした。
「ちょっと、何ですか?」
無言で睨むと、伊刈は力ずくで両手首を拘束した。
次に足首を掴む。逆らえばまたアキレス腱固めをされると思い、優里はされるがままにした。
バスタオル一枚で両手両足拘束は緊張する。優里は弱気な顔で伊刈を見つめた。
「優里。ロシアンルーレットって知ってるか?」
「よく知りません」
伊刈がピストルを出した。ドキッとしたが、優里は騒がなかった。
「これは本物だ」
「え?」
「この中にタマが一発だけ入っている。何発目に入っているか、俺にもわからない」
優里は不安な顔色で話を聞いた。
「上級者向けの拷問だ。どんなに気の強い女でも、一発目を撃つ前に、降参する」
その話が今なぜ必要か。優里にはわからなかった。
「優里。なぜ逃げた?」
「え?」彼女は耳を疑った。
「逃げてません。お客さんに意地悪されたって、さっき言ったじゃないですか」
「どうせつくなら、もっと上手い嘘をつけ」
優里は頭に来た。
「嘘なんかついてません。逃げるならそのまま逃げてますよ!」
「怖じ気づいて戻って来たんだろ?」
「違います!」
伊刈は怖い顔で迫る。
「正直に言え。なぜ逃げた?」
ピストルを股に突きつけられた。
「や、や、やめて、怖い怖い」
慌てふためく優里を見てほくそ笑む。狼の次は悪魔か。
「伊刈さん、やめて、撃たないで」
「なぜ逃げた?」
「逃げてません。信じてください」
「5秒数える。その間に本当のことを言わないなら撃つ」
「本当のこと言ってます!」
「5、4」
「え?」
「3、2」
「待ってください、待ってください」
「1」
プルルルルル。
「きゃあああああ!」
電話の音だった。撃たれてはいない。伊刈の通話している声が聞こえないほど、優里は放心状態に近かった。
危うく失禁しそうだったが、何とか耐えた。
電話を切る。
「客だ。ロシアンルーレットの続きはプレイのあとだ」
優里は誠心誠意、気持ちを込めた。
「伊刈さん。あたしを信じてください」
「話はプレイのあとだ」

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