《MUMEI》
女神
優里は額に汗が光る。
「伊刈さん、プレイのあとにロシアンルーレットなんて言われたら、怖くて何もできません」
「今はプレイに集中しろ」
「じゃあ、拷問なんかしないと約束してください」
「ダメだ」
「なら集中できません」
「上の空で客から苦情が来たら、事務所行きだぞ」
「そんな」
逆らっても始まらない。もともと理不尽な罠にかかり、ここにいるのだ。
優里はムッとした顔で聞いた。
「コスチュームは何ですか?」
「全裸だ」
「え?」
「マニアックな客ばかりで楽しいだろう?」
優里は答えなかった。伊刈はあっさりバスタオルを剥ぐ。
全裸を晒すのは落ち着かない。優里は身じろぎした。
「伊刈さん。バスタオルをかけてもらえますか?」
「ダメだ」
「一生のお願いです」
伊刈は笑った。
「かわいいな。いじめ甲斐がある」
いきなりソフトタッチで胸やおなかを触りまくる。優里は目を閉じてされるがままにした。
伊刈の手は、いちばん恥ずかしいところをまさぐる。彼女は腰を浮かした。
「ん…んん」
「おまえは本当にかわいい。言うことを聞いてやろう」
伊刈は優里の体にバスタオルをかけた。
「ありがとうございます」
「小悪魔め」
伊刈は満足の笑みを浮かべると、出ていった。
ドアはすぐに開いた。優里は目を閉じて待った。優しい客ならいいが。人の気配がする。
「!」
男は仰天した。もしも森で裸の女神と遭遇したら。しかも手足を拘束されて無抵抗だったら、どうするか。
ほどいてあげるか。しかし、愛しの、高嶺の花と思っていた女神が、今目の前にいて、自分が主導権を握っているとしたら、どうだろうか。
優里は、気配で男がじっと自分を見ているのはわかったが、随分長いので焦った。変態でなければいいが。
「優里さん」
「え?」
目の前には、スーツにノーネクタイの坂岸冬広。
「キャッ…」
優里は真っ赤な顔で身じろぎした。
「や、ちょっと、これは…」
「大丈夫大丈夫」冬広は笑顔で手を出して優里の言葉を遮ると、きさくにベッドに腰をかけた。「優里さん。私は説教なんてヤボなことはしないから」
「違うんです」
「こうなってしまったら、もうお互い秘密厳守ということで楽しみましょう」
冬広がバスタオルを取ろうとする。
「待ってください!」
「そうは行かないよ優里チャン」
「お願い待って!」
切迫した声。演技でもなさそうだ。冬広はとりあえずバスタオルはそのままに、優里の上に乗った。
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいです」
「でも容赦はしないよ」
「違うんです。あたしの話を聞いてください」
「話?」
冬広はキスしそうなほど唇を近づけて来る。どうやら常連のようだ。優里は意外に思った。
「坂岸さん」
「名前がいいな」
「冬広さん」
「おっ嬉しいね。知ってた?」
「知ってますよ」
冬広がバスタオルの上からおなかを触る。優里は慌てた。
「待って冬広さん。話を聞いてください。お願いします」
「何?」
「あたし、ヤクザに脅されて、ここにいるんです。助けてください」
「またまたあ」
「本当なんです。あたしがこういう店で働くと思いますか?」
冬広はやや焦った。プレイのオプションだろうか。
「ドッキリ?」
「そんなんじゃありません」
冬広はどさくさに紛れてバスタオルをずらす。
「待ってください。どうしてもあたしの裸が見たいなら、両足だけはほどいてください」
冬広は脚を見た。確かに上品な優里にこの大開脚は酷だ。
「これは恥ずかしいか?」
「恥ずかしいです」
冬広はひと呼吸置くと、言った。
「先に話を聞こうか」
「ありがとう冬広さん。あたし、このプレイのあと拷問されちゃうんです。だから、逃げるなら今しかないんです」
「拷問?」
「助けてください。警察に直行して保護してもらいます」
冬広は愕然とした。お芝居ではない。どうやら本当の話だ。
「……」

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