《MUMEI》
捨身
舟岩はしきりに聞いてくる。
「あんた、女の子をみんなメロメロにするという話だねえ」
「そんな」
冬広は苦笑した。優里の前でそういう話は勘弁してほしかった。
「なあ伊刈」
「はい。惜しいです。二人とも」
優里は唇を噛んだ。
冬広は舟岩を見ると、かすれた声で聞いた。
「あの、私たちは、どうなるのでしょうか?」
「もちろん魚の餌だよ」
舟岩があっさり言った。優里は硬直する。冬広は真顔で聞いた。
「魚の餌と言いますと?」
「二人とも海の底だよ」
「…そうですかあ」
沈黙が流れた。冬広は無言のままソファから降りようとする。
「土下座なんかしたってダメだよ」
舟岩の言葉にもめげず、冬広は土下座した。
「組長。私のことは殺しても構いません。どうか、この子だけは、許してあげてください。この通りです」
優里は目を見開いて冬広を見た。伊刈も驚く。舟岩は咎めるような視線を冬広に向けた。
「ほう。女房子どもよりもこの女のほうが大事か?」
「比べるものではありません」
「女房が夫の死因を聞いたら悲しむね。自分以外の若い娘と海の底じゃ、やりきれんわな」
しかし冬広は微動だにしない。
「こうなってしまった以上、彼女を見殺しにはできません」
「見上げた根性だ。ウチで働かねえか?」
「この子を無傷で帰してくださるなら、なんなりと」
「そいつはできねえ」
「ならば、お断りします。私だけ助かっても、一生、恥を背負って生きて行くことになります」
「侍だねえ」舟岩は笑った。
「そんな、カッコイイものではありません」
たまりかねた優里が、泣きながら土下座した。
「あたし、ずっとここで働きますから、どうかこの人だけは許してあげてください。お願いします!」
二人に土下座されて、舟岩はため息を吐いた。
「何だか白けちゃったね」
舟岩は伊刈を見た。
「伊刈。この子の服と手荷物を持ってこい」
「え?」
「えじゃなくてさあ」
「はっ」
伊刈が男たちを見ると、一人がどこかへ走った。
舟岩は優里と冬広を見ると、言った。
「二人とも。ソファにすわりなさい」
「はい」
優里と冬広はソファにすわった。男が伊刈に紙袋を渡す。
「お嬢さん」
伊刈は優里に紙袋を渡した。彼女は伊刈を見上げる。その表情からは、気持ちが読み取れなかった。
優里は黙って紙袋を受け取ると、顔を紅潮させて、ナース服の襟を触った。
「ナース服はプレゼントするよ」舟岩が言った。
「え?」
「嫌なら捨てればいい」
「すいません」優里は深々と頭を下げた。
「じゃっ、行っていいよ」
信じられない。優里も冬広も、すぐには立てなかった。伊刈は顔を曇らせる。
「組長…」
「伊刈。捨て身の人間には、勝てないだろう」
「はあ…」
奇跡としか言いようがない。天が組長の身に入って二人を守ったのか。
とにかく優里と冬広は、無傷で脱出できた。

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