《MUMEI》

助手席の窓が少し開き、中に織田の姿が見えた。
ユウゴは素早くドアを開けて助手席に乗り込んだ。
それと同時に車はゆっくりと走り出す。
「うまくいったな」
その声にユウゴは後部座席を振り返った。
ニヤニヤと笑みを浮かべているケンイチの横で黒いスーツを着た男がぐったりと座らせられている。
どうやら気絶しているらしい。
男の体はロープでがんじがらめにされ、口にはタオルが噛まされていた。
「生きてんだろうな」
ユウゴが眉を寄せると、ケンイチは笑って頷いた。
「大丈夫だって。ちょっと後頭部を思いっきり殴りつけてやっただけだから」
「後頭部?」
ユウゴは男の頭部に目をやった。
よく見ると首の辺りに血が流れているのがわかる。
「何発殴ったんだ?」
「一発だけ」
「ふうん。そのわりには出血が多いみたいだけど?」
ユウゴは言いながら車を運転する織田を見た。
その視線に気づいた織田は目だけを一瞬こちらに向けた。
「後頭部に五発。倒れた後、腹部と背中を三発ずつ蹴っていたな」
「……見てないで止めろよ」
「止めたから、その程度なんだ」
「ったく、お前は」
ユウゴはため息をついてケンイチを見た。
しかしケンイチは「いいじゃん。適度に弱らせたってことで」と悪びれた様子もない。
「まあ、生きてんだったらいいけど。で? こいつ手帳とか持ってないの?」
ユウゴが聞くとケンイチは首を振った。
「ケータイならあるけど、こいつロックしてんだよな」
そう言ってケンイチは携帯電話を投げて寄越した。

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