《MUMEI》

何食わぬ顔の宮口
向けられるその笑みが酷く憎々しいものに映る
その宮口の胸座を広瀬は掴み上げ睨む事をしていた
「……野衣は、どこだ?」
早々に用件だけを端的に問う広瀬へ
だが宮口は穏やかに笑みを浮かべながら、広瀬を中へと招き入れる
入ってすぐ、そこに置かれているベッドの上で寝入っている野衣の姿が
「……テメェ、野衣に何かしやがったのか?」
見る分にはどうやら外傷もなく無事の様だがどうしても疑わずにはいられず
怒の感情を顕にする広瀬へと宮口はまた笑う声を漏らす
「安心して下さい。何もしてはいませんよ。唯、色々と疲れていたようなので眠っては貰いましたが」
「眠剤盛ったて訳か。テメェ、一体何考えてる?」
「別に何も考えてなどいませんよ。今は、ね」
変わらず笑ったままの宮口を睨めつけ
広瀬は未だ眠りこむ野衣の頬を軽く叩いてやり目覚めを促してやった
「……愁ちゃん?」
ゆるり眼を開いた野衣が広瀬の方を見やる
頬へと手を伸ばしながら
「……私、夢見てるのかな。愁ちゃんがこんな処に居る訳無いのに」
自分は広瀬に愛想を尽かされてしまったのだから、と
細々呟く野衣を見、広瀬はいたたまれない気持ちになった
涙すら流し始める彼女を抱きしめてやり
「泣くな。野衣」
耳元で聞き心地の良い低音を呟いてやる
自分勝手な思い込みで一方的に突き放したのに愛おしさだけはどうしても消えなくて
更に強く、その身体を抱いた
「……愁ちゃん、ごめんなさい。お願い、一人にしないで……」
広瀬の身体を抱き返しながらの訴え
傍に居て欲しいと求められ
そんな彼女を可愛くないと、どうして思えるだろうか
「……野衣、悪かった」
彼女を守るために、と手放したのは広瀬自身
傍に置く事が如何に危険かはよく理解している筈なのに
それでも
もう、手放す事など出来ない
「……助けて、あげましょうか?」
未だ泣くばかりの野衣を宥めてやる広瀬の背後
その存在をすっかり忘れられていた宮口の声が聞こえてきた
以前にも向けられたその言葉
耳触りでしかないソレにすら、今は縋りたかった
「「契約、成立ですね」
「……でも叔父さん。一体何をするつもり?」
訝しむ野衣へ
だが宮口はそれ以上何を語る事もせず
広瀬達へ帰る様促していた
野衣が広瀬の顔を窺う様に見上げれば、その彼女の手を広瀬は取っていた
「帰るか」
その言葉に、野衣の表情が安堵に緩んで
繋いだ手、その温もりが広瀬の存在を現実に野衣に感じさせる
互いの温もりを感じながら、短車の後ろへと野衣を乗せ斉藤宅まで帰れば
外でその帰りを待っていたらしい斉藤が手をあげて向けてきた
そのまま帰れ、とその手を振られ
広瀬もまた斉藤へと手を振り返し、短車のエンジンを掛ける
乗り込んだ広瀬の服の裾を、野衣はしっかりと握りしめていた
「……ね、愁ちゃん」
ゆっくりと帰路を走る最中の野衣の声
広瀬が短く何だを返せば
「……ただいま」
背中に額が触れてくるのを感じた
その声を聞くだけで広瀬も安堵を覚えるのだから
到底離れて暮らす事など出来るわけがないのだ、と
今更に思い知った
途中、わざわざ路肩へと停車すると、徐にヘルメットを外す広瀬
一体どうしたのかと野衣が訝しんでみれば
またその身が強く抱かれていた
戻って来た温もり
やはり安堵し、その途端広瀬の全身から力が抜けた
万全ではない体調での無理が祟ったのか、段々とぼやけていく視界に
暫くして野衣に寄りかかったまま、広瀬は意識を飛ばしてしまう
同時に倒れてしまう短車
どうしようもできjない野衣は何とか広瀬の身体だけは受け止めていた
「愁ちゃん、どうしたの!?」
突然のソレに野衣は慌て
往来のど真ん中
倒れたままの広瀬と短車をやはりどうする事も出来ない
行き交う人が横眼でその様を見はするモノの
手を差し伸べてくれる人はなかった
「どうしよう、どうしよう……!」
狼狽するばかりの野衣
だが矢張り誰一人として立ち止まってはくれず、野衣は途方にくれる
広瀬の熱は更に上昇していき、呼吸も荒くなっていくばかりで
誰か気付いて、誰か助けて
切にそう願った、次の瞬間
二人の前へ人の影が立った
「愁一か?」
頭上からの声に顔を上げれば

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