《MUMEI》
・・・・
 エリザが力強く地に足をつけた時、黒い炎が開かれカイルが姿を現した。ところどころ服は破け、血が滲むその姿はいくつもの戦場(いくさば)を跨いできた騎士のようだ。
 思い通りに好機が巡り、準備の整ったカイルは重圧ある言葉を口にする。
 「これが最後だ。
 もう一度言う、復讐をやめろ。もうお前に目的を成し遂げる力は残っていないだろう」
 強大な魔法により絶たれていた怨恨の炎が再び湧き上がり始め、ようやく元の姿を取り戻しつつある具象世界。
 エリザの内には大勢の女たちが巣くい、その女たちは並大抵のことではエリザから追い出せないとカイルは薄々感じている。だがそれでも彼はエリザを生きたまま救いたいと思ってしまった。どれだけの時間と金をかけようとも、根気強く粘り続ける覚悟もあった。
 だから自然とカイルの口調は脅迫染みたものから優しさに満ちた口調へと変わっていく。
 「自分から苦しみを背負おうとするな、お前の苦しみはオレが知っている。オレが受け止めていってやる」
 エリザの翡翠のような瞳をカイルは真っ直ぐに見つめた。想いが通じるのではないか、そう思わせてしまうほどカイルの漆黒の瞳は澄み切っている。
 これまでの戦いの意味を無きものにする台詞に、二人の距離は縮まろうとしていた。
 「・・・・二度と離さない、オレと来い―――エリザ」
 何かが溶けていく。
 頑なになっていたひとつの心が軽くなるのをエリザは感じた。
 それはとても大切な心。
 だがそうと知らず隅に置きやり、他のモノに目を向けそちらにばかり熱心になっていた。おざなりにされたひとつの心。
 傷みを、苦しみを共に抱え歩いてくれる。その言葉をずっとエリザは待ち続けていたのかも知れない。
 エリザもまた、カイルの吸い込まれそうなほど深い漆黒の瞳を見つめた。

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