《MUMEI》 「…確かに。まだ僅かに時間がありますね」 「ええ、ご親切にどうもね」 老女は軽く頭を下げた。 「いえいえ。ならわたしと少しお話でもしましょうか? これもわたしの仕事なんですよ」 「あら、そう? 嬉しいわ。ちょっと寂しかったのよね。今夜は私だけかと思って」 「地下鉄に乗れば、いろんな方がいらっしゃいますよ。寂しくはありません」 「そう? …そうね、きっとそう」 老女はどこか悲しそうに微笑んだ。 「ちなみに思い残すことはありましたか?」 「いいえ、特には。平凡ながらも、幸せな人生でしたよ。先に逝った両親や姉達に会えるかと思うと、死ぬことも怖くないと思いましたし」 「それは良かったですね」 確かに老女には思い残すことはなさそうだ。 生前の美しい姿のまま、ここにいるのだから。 それは己の死を受け入れている証拠。 生を満足して、過ごした証拠。 「まあ望むならば、すぐに息子達に会わないことですかね」 「…何か心配ごとでも?」 「息子達は会社を立ち上げまして…。少々働き過ぎだと生前、もめましてね。孫達も寂しい思いをしていましたので、ちょっと…」 言い辛そうに、老女は語った。 「まあ死に行く私の言葉ですから、ある程度は意識してくれているとは思うのですけど…。なるべくなら、すぐに再会はしたくないと思いまして」 「そうでしたか…」 前へ |次へ |
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