《MUMEI》
・・・・
 「・・・・お馬鹿さん」
 カイルの身体を鋭利な懐剣が突き刺した。
 服越しに滲み広がっていく鮮血。
 刺された痛みなど微塵も感じることはできない、なぜならカイルはそれ以上にエリザが刃を向けてきたことの方が遥かに衝撃的で信じることが出来なかったからだ。
 驚愕に目をむくカイルが滑稽に映り、美しい貌を歪ませエリザは性悪く嗤った。そこに彼女の面影はまるでなく、カイルすら見たことのない表情をしていた。
 「やっと隙が出来た。
 いやね、本当に諦めるとでも思ったの。お馬鹿な騎士様ね」
 血がべっとりとついた懐剣を引き抜くとエリザはくすくすと笑いながらそう言った。
 呆然と立ち尽くすカイルの身に異変が起きたのはその時だ、全身を経験したことのない妙な感覚がじわりと巡っていく。それは蟲が毒を撒き散らしながら体内を這いまわっているような、おぞましく奇怪な感覚。痛みなのか、疼きなのか当人ですら掴めない。だが一つ言えることはそれがカイルの身体を蝕んでいると言うことだけ。
 「・・・エリザ」
 おぼつかぬ足取りをしながらもカイルの手は妖しく微笑うエリザへと向かっていく。
 いくつにもぶれたエリザの姿を追いかけ、懸命に手を伸ばした。
 認められない、その行為は彼自身の思いをことごとく潰すことになるから。何かの間違えだと、子供のように頑なに願った。

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