《MUMEI》
・・・・
 そうしてたどり着いたのはエリザの豊かに膨らんだ胸元。少し汚れてしまった純白のドレスの胸元を彼は精一杯に掴むが、朦朧とするカイルの視界は揺らぎ倒れこんでしまう。
 倒れこむカイルの手に引っ張られはだけたドレスから、真っ白な柔肌と薄らと浮かぶ肋骨が見える。
 「嫌になっちゃうわ、貴方のせいでたくさんのヴォジャノーイやアーヴァンクを失って計画は台無し。
 おかげで一からやり直しよ。どうしてくれようかしら」
 頭上より嬲り浴びせられるが、カイルにはそれをまともに聞きとることすらできない。怨恨の炎により乾きつつある地面をただひたすらに見つめていた。
 姿かたちは変わっていない、しかしその仕草や言動は本来のエリザとは大きく異なる別人が入っているように思える。少なくとも、十年ぶりの再会時と現在とを見比べれば歴然としているだろう。
 なお続けられる侵蝕。だが、なぜだかわからないが侵食がもたらす違和感も徐々に鎮まりつつあった。立ち上がることもできなかったカイルが、膝に手をつきながらもゆっくりと立ち上がりエリザを睨む。
 「お前、エリザに何をした」
 「何を言ってるのかしら、エリザはわたしじゃない」
 せせら笑い、肩をすくめるエリザ。
 「おかしなことを言うのね」
 「見え透いた芝居はやめろ、反吐が出る」
 あくまで嘲る姿勢を崩さないエリザにカイルは語気を強めた。漂う怒気にお門違いも甚だしいとエリザはさらに姿勢を強調する。
 「芝居をやめろって、なにを勘違いしているのかしら貴方は、思考回路まで鈍ったのかしら。
 エリザ(わたし)を守れなかった人間の言う歯の浮くような台詞を、本当に信じるとでも思ったの」
 喋っているうちエリザの声色は深く重くなっていく。
 「わたしの苦しみを受け止めるなんて馬鹿なこと言わないでくれる。そんなこと出来っこないじゃない、わたしの受けた苦しみはわたしにしかわからないもの」
 まるで溜め込まれてきた行き場のない怒りを吐き出すかのようだが、カイルにはそれが悲しみ寂しさを叫んでいるように思えた。

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