《MUMEI》
未来
オフィスにチャイムが鳴り響く。昼休みだ。
優里はデスクの上を軽く整理すると、席を立とうとした。
そこへ笑顔の寛喜が来た。
「係長。昼、一緒に食べません?」
優里は冷たい顔で見上げると、あっさり言った。
「お断りします」
「え?」
驚く寛喜。優里はさっさと立ち上がる。寛里は小声で囁いた。
「バラすよ」
「どうぞ」
即答。寛喜は怯んだ。優里は振り向きもせず部屋を出ていった。
寛喜は赤い顔をして立ち尽くしていたが、急いで廊下を走った。優里を追いかけると、前に立つ。
「すいません係長。許してください」
頭を下げる寛喜に、優里は感情のない声を浴びせた。
「どいてくれますか、名倉さん」
行こうとする優里を寛喜は止めた。
「待ってください。係長にだけは嫌われたくない。もう一度チャンスをください。この通りです」
いきなり土下座。周囲は大注目だ。しかし優里はしゃがむと、頭を地につける寛喜に、厳しく言った。
「自分で嫌われるようなことしといて、危なくなったら土下座。それで許してくれた彼女が過去に何人かいたんでしょう。でもあたしはそんなに甘くないから」
「すいません。今回だけは許してください。お願いします」
「許しません」
優里は立ち上がると、そのまま振り返らずに歩いていった。

優里は社員食堂で昼食を済ませると、近くの喫茶店でコーヒーを飲んだ。
時間一杯までくつろぐ。冬広の顔が浮かんだ。
未来のことは考えられない。こればかりは、何度繰り返し考えても、答えが見つからないことは、わかっていた。
人の不幸を土台にして自分の幸福を築くことは、絶対にできない。これが宇宙の法則というものだ。
だから人の家庭を破壊して恋を実らせたとしても、幸せにはなれない。
幸せになるために結婚するのだから、不幸になるなら意味がない。
しかし、冬広への恋心は、なかなか消せない。優しいし、きさくだし…。
優里は笑みがこぼれそうだったので、コーヒーを飲んで誤魔化した。
性の不一致は離婚の原因になる。だからベッドの上でしっくり行かないのは、黄色信号だ。
そういうことから、冬広ほどの理想通りの男性がほかに見つかるかというと、優里は自信がなかった。
あのマッサージ店のスペシャルコースだけでは満たされない。
肉体的に解消できても、精神的に満たされることはない。
テクニックにプラス愛情がなければ。
女は男と違う。イカされたから満足という単純なものではない。
ギュッと抱きしめられて感じるのは、お互いに愛情があるからだ。
優里は未来のことは考えないことにした。冬広とはいつでも会えるのだ。顔を見れるし、会話もできる。
プレイは無理だろう。夢の中でしか交われない。
(冬広さんは、想像の中で、あたしを抱いているのかな?)
優里は慌てて映像を打ち消した。昼休みだ。勤務中だ。仕事に支障をきたす妄想は男女とも厳禁だ。
優里はレジを済ませ、オフィスに戻った。
「嘘…」
寛喜はまだ土下座している。プレイボーイがよくやる手だ。
(そんなんで女が感激すると思ってんの?)
余計に腹を立てた優里は、土下座する寛喜を素通りした。
しかし立ち止まる。逆恨みは怖い。この状況でまた寛喜に捕まったら、どんな意地悪をされるか。
優里は想像してドキドキした。ハードSM愛好者なら、この状況でわざと寛喜の罠にハマり、スリルを味わうかもしれないが、優里はそこまで理性を失っていなかった。
彼女は小声で呟いた。
「寛喜君。許してあげるから席着いて」
「え?」
寛喜は顔を上げたが、優里は足早に部屋に入っていった。

冬広の娘のさゆりは、購入したばかりのノートパソコンに夢中だった。
いろんなキーワードで検索しているうちに、妙な言葉が目に入った。
『貴女のエッチな願望を叶えます』
さゆりは目を輝かせた。
「何これ?」
彼女は……………クリックした。


END

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